ジャニー喜多川氏による性加害問題の発覚後、ジャニーズ事務所は解体され、「SMILE-UP.」へと名前が変わり、少しずつ被害者への補償が進んでいる。そもそも、問題発覚のきっかけは、英BBCの「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」というドキュメンタリー番組だった。日本のメディアや視聴者の公然の秘密であった「J-POPの捕食者」の闇。BBC記者がその取材過程で見たのは、ジャニー喜多川氏が死後もなお、被害者たちから尊敬を受け続ける、性加害問題の異常な実態だった。※本稿は、小林恭子『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
ジャニー喜多川の性加害疑惑に
火を付けたのはBBCだった
英国のテレビ局が制作した番組が日本の社会問題を鋭く描き出し、その結果、日本の中で変革への大きなうねりが生まれる。そんなことが今まであっただろうか?
2023年3月7日、BBCがリネカー事件(編集部注/この日、BBC名物司会者のゲイリー・リネカーが、政府の施策をナチスに結びつけて批判するツイートをアップ。不偏不党の原則に抵触したことで番組出演停止となったが、不満を持った他の出演者が続々ボイコットする騒動に発展した)に揺れる直前に放送したドキュメンタリー番組『J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル』はそんな稀有な例となった。日本でも3月18日からBBCワールドニュース・チャンネルを扱う複数のチャンネルで放送された(図19)。
「J-POPの捕食者」とは、日本で有数の大手タレント事務所「ジャニーズ事務所(当時)」の創業者ジャニー喜多川(2019年死去)を指す。日本でジャニーズ事務所を知らない人はいないと言ってよいだろう。数々の男性アイドルグループを世に送り出し、日本のメディア界、芸能界で絶大な影響力を持った。2011年、喜多川は「最も多くのチャート1位獲得シングルをプロデュースした人物」などのギネス世界記録に認定された。
しかし、喜多川には暗い秘密があった。数十年にわたって、事務所にやって来る少年たちに性的加害を行っていたのである。『週刊文春』が1999年から被害疑惑を報道したが、ジャニーズ事務所に名誉毀損で訴えられた。2003年、東京高等裁判所は記事の主要部分が真実であると認定し、2004年には最高裁が事務所側の上告を棄却。しかし、性加害の事実が法的に認定されても、まともに取り上げるメディアはほぼ皆無だった。そんな状況に『J-POPの捕食者』がメスを入れた。
日本メディアが無視し続けた被害者の声
異常なまでの「忖度」をBBCは捉えた
番組のプロデューサー兼ディレクターは、日英で育ったメグミ・インマン。喜多川の死去報道で日本のメディアが性加害疑惑についてほとんど触れていないことに疑問を抱き、番組制作を思いついた。
日本で取材を開始すると、メディア関係者に「話せない」と言われ続け、インマンは喜多川の死後も事務所に対する忖度や配慮が存在していることを感じた。「(喜多川が)亡くなっても被害者は生きている。この犯罪を隠して手伝った人も、無視してきたメディアも芸能界も存在している」、喜多川の性加害は「現在進行形の犯罪なのだ」とインマンは確信したという(『毎日新聞』、2023年10月13日付インタビュー記事)。