一方で、企業がDEIプログラムを縮小または廃止すれば経費を節約できるかもしれないが、長期的には評判の失墜や従業員の士気低下などを招くリスクがあるとの指摘が出ている。
DEIおよびIT専門家のアナ・ナヴィード氏は、DEI推進のメリットについてこう説明する。
「効果的なDEIとは、多様な人材を採用するだけではありません。従業員が安心してアイデアを共有できる環境を作ることです。グーグルなどの企業はチームの心理的安全性(組織のなかで自分の考えや気持ちを誰に対しても安心して発言できる状態)を重視しています。(中略)多様性が失われると、イノベーションが損なわれます。ある研究では、多様性に富むチームは意思決定が優れ、革新的なアイデアを生み出す可能性が高いことがわかっています」(同前)。
米国はますます多様化しているという事実やDEI推進によるメリットなどを考えれば、企業の取り組みは短期的に後退しても、長期的には継続されていくだろう。
在米日本企業も
DEI後退の影響を受ける
米国企業のDEI後退の動きは、米国に進出している日本企業にも影響を与えている。複数の米国メディアによれば、トヨタ自動車と日産自動車は保守派の反DEI運動の標的となり、LGBTQなど性的マイノリティの人権団体が実施する支援プログラム「企業平等指数」への参加を取りやめる決定をしたという。
トヨタ自動車は「多様性を重視する姿勢に変わりはない」としたが、DEIから後退した感は否めない。
米国に進出する日本企業が認識すべきことがある。それは、米国には個人の人種、性別、出身国、肌の色、または宗教などに基づく雇用上の差別を禁止した「公民権法第七編」(1964年制定)、人種、性別、障害などが原因で差別されている人を救済するための積極的差別是正措置「ファーマティブ・アクション」(1965年)、連邦最高裁が2015年に下した同性婚の合憲判決などがあり、これらを基にして、企業の多様性、公平性、包摂性を推進する政策が作られているということだ。
しかし、日本にはこのような歴史や経験はなく、企業のDEIへの取り組みも比較的遅れているように思われる。在米日本企業はこの点を踏まえた上で、最近のDEI批判の高まりや米国企業のDEI後退の動きに影響されることなく、長期的な視点に立ってこの問題に取り組むことが大切なのではないか。
(ジャーナリスト 矢部 武)