退去させられた多くの
移民たちが抱えるトラウマ

 こうした行動は普通の人間がとるものではない。そのときのダオは、別の場所、別の時間にいた。

 彼が味わったひどい追い立てられ方は、彼の心に深く根を張ったトラウマを呼び覚ましたのかもしれない。1975年、サイゴンが陥落して、彼の家はもう家とは呼べない場所になった。避難民として逃げ出さざるをえなかったダオは、妻とともにケンタッキー州で5人の子どもを育て上げた。彼の数奇な人生についての報道が正しければ、彼の新しい家庭にも、やはり不条理なほど馬鹿げた苦労があった。

 ダオは強精剤の処方薬を売りさばいたため逮捕され、医師免許を剥奪され、その後はポーカーのプレイヤーとして生計を立てた。彼の擁護者たちがダオの逮捕歴とユナイテッド航空の事件とは関係がない、と言うのに私は同意する。

 けれど、私の目には関係がある。なぜなら、それは私たちに、ダオをより複雑でリアリスティックな光のもとで見させてくれるからだ。ダオは犯罪者ではない。勤勉なロボットでもない――母国の惨状から逃げ出し、奇跡的な回復力で医師になり、娘たちも医師に育て上げたのは確かだが。トラウマを抱えたまま移民としてこの国に来た者の多くは、うまくやっていくためにはさまざまなことをする。

酷すぎるだろ…飛行機からアジア人男性を引きずり下ろしたユナイテッド航空の「非道な行為」『マイナーな感情 アジア系アメリカ人のアイデンティティ』 キャシー・パーク・ホン(著)、池田年穂(訳)、慶應義塾大学出版会

 あなたは不正を働き、妻を殴り、ギャンブルにのめりこむ。あなたはサバイバーであり、ほとんどのサバイバーがそうであるように、ひどい父親になる。ダオを見ていた私は、祖父が家から引きずり出されるのを目撃した私の父のことを思った。

 長い歴史を通じて、自分の意思に反して、自分たちの家からも第2の故郷からも、自分の生まれた国からも国籍を取得した国からも、引っ張り出され、追い立てられ、退去させられた多くのアジア人たちのことを思った。