株も「平均賃金」も上がっているのに
生活が苦しいのはなぜか?

おふたり

竹中 まず、日本は物価が上がっていることはたしかですが、それでも諸外国と比較すると、物価の上昇幅は非常に低いといえます。

田原 アメリカと比較してもですか。

竹中 はい。ただ、アメリカの場合はインフレがひどいんです。その不満がたまりにたまって噴出したというのが、バイデン氏が負けた最大の要因といえます。

 とはいえ、やはり日本は賃金が上がりません。この賃金というのは、どうしても「平均」で見られるのですが、国民感覚にとって大事なのは、全部を足して全部で割った「平均」ではなく、賃金が高い人と低い人のちょうど真ん中、メディアンの位置の人たちの賃金がどのくらいかという点です。「1億人」いるとしたら、「5000万人めの給料」がどのくらいか。この数値が改革を進める上で重要です。この金額が「平均」年収より100万円以上も低いんです。

 2024年の実質経済成長率はまだ発表されていませんが、IMF(国際通貨基金)は日本はほぼ0近傍(きんぼう)と予想しているんですね(※)。
※IMFは2024年10月22日、2024年と2025年の世界の実質経済成長率をいずれも「3.2%」と予想する「世界経済見通し」を公表。日本は2024年は前回から0.4%引き下げた「0.3%」と予想している

 ところが、株が上がっている。全体としては決して良くなっていないのに、良いところはものすごく良い。これが日本の今の姿だと思うんですね。

田原 株がどんどん上がっていて、賃金の平均も上がっているから、社会は良くなっていると言われはするが、なぜか自分たちの生活は苦しいまま。

竹中 その通りなんです。それと、日本の場合はここ数年間、平均の経済成長率がずっと0.数%と、すごく低い。そこに世界との格差が広がっている。

 さらに、今はもう、人工知能やビッグデータにがんがん投資できる企業とそうでない企業、グローバル化が進んでいる企業とそうでない企業で、コントラストが非常にはっきりしてきました。グローバル化が進んでいる企業は、円が安くなることで、海外で稼いだ企業の利益の円換算値が上がりますので、すごく大きなメリットがありますからね。

ベーシックインカムを実施すると
「自由」が生まれる

【田原氏】

田原 コントラストを埋める方法はないのですか。

竹中 人々に自由を与えることです。そのためには、ある程度の経済的な基盤が必要となる。それが実は「ベーシックインカム」なんですね。

 ベーシックインカムを実施すると、どういう変化が起こるかというのは、まだ誰もわかりませんよね。興味深いのは、ある地域でベーシックインカムの社会実験を行ったところ、離婚が増えたというものです。つまりは、離婚の自由ができる。経済的に女性が男性に縛られていた状態から解放されるということでもあります。離婚が増えること自体はいいことだとは言いませんが、女性の自由は広がります。

 あと、仕事で「3K」と呼ばれる業務がありますよね。きつい、汚い、危険とされる業務で、給料も安かったりする。でもこうした業務に従事する人たちに、ある程度のベーシックインカムがあれば、3Kの業務に費やす時間を減らすことができます。

 ベーシックインカムというのは、こうしたポジティブな面がとても多いんです。「貨幣とは鋳造された自由である」というドストエフスキーの言葉がありますが、経済的な基盤があることによって、保たれる自由があると思います。私は今、政府の役割を少し大きくして、こうしたベーシックインカムが必要だと言い続けています。大規模な研究開発の支援も必要でしょう。

田原 自由が、格差というコントラストを埋める。そのきっかけがベーシックインカムではないかと。

「大きな政府」と「小さな政府」という表現がありますよね。例えば今も人気の田中角栄氏は「大きな政府」でしたよね。でも小泉さんや竹中さんは、「小さな政府」だ、新自由主義だと、批判がありました。

竹中 はい。非常にバイアスがかかった批判だと思っていて、大きな政府がいいのか、小さな政府がいいのかは、その時々の状況によるもので、これがいいという絶対的な正解はありません。

 ある時期には、政府の役割は極めて重要です。明治維新後には、日本は国有鉄道や郵便制度をつくりました。

田原 これが大きな政府ですね。

竹中 しかし経済がある程度、成熟してくると、政府が何でもかんでもやるのではなく、民間の活力を高める必要が出てきます。イギリスでは、ゆりかごから墓場まで社会保障をやります、アメリカでは、大砲もバターも両立します、と。ところがこれによって財政赤字が拡大し、イギリスもアメリカも経済力を低下させてしまった。

田原 そこで、政府の役割を限定し、民間の活力を高めていこうということになった。これが小さな政府ですね。

竹中 はい。そのタイミングで中曽根康弘内閣が誕生し、日本は途上国から先進国へと発展していきました。イギリスやアメリカが民営化を進め始めたのを見て、日本はその時はまだ、福祉国家が行き過ぎていたわけではありませんが、もう少し民間の活力を高めようということで、電電公社の民営化や、国鉄の民営化などを行います。

田原 中曽根さんも新自由主義といわれていましたね。

竹中 やったことはイギリスやアメリカと似ているんです。結果、イギリスは復権し、アメリカも強い企業がたくさん誕生しましたが、日本はまだ、民間の活力という点で不十分な状況が続いていて、そのような中、バブルが崩壊してしまいました。

 そこで、小泉純一郎内閣で私たちは、民間の競争力を高めるために、日本道路公団や日本郵政公社の民営化を行ったのです。

田原 反対が強かったが、小泉さんは断固、実施した。

【竹中さん縦】

竹中 その通りです。一方で、不良債権の処理をする時は規制を強化したので、必ずしも小さな政府というわけではありませんでした。

 規制を緩和するだけではなくて、規制の在り方を変えて、抜本的に制度を変えなければいけない時もあるんです。これは、特定の企業や国民にとっては、おもしろくないことだってあったでしょう。

 ただ、私はちょっと自虐的にいつも言うのですが、小泉さんからよく、「悪名は無名に勝る」ということを言われていました。実際、批判されればされるほど、応援してくれる人も増えるというのも事実なので、まあ、私本人は、あまり批判は気にしていません。

田原 竹中さんは、小さな政府だ、新自由主義だ、と批判されていた。でも、先ほど、ベーシックインカムが大事と言っている。これはまさに大きな政府ですので、こうした批判は当てはまりませんね。

竹中 その通りです。議論が難しくなればなるほど、多くの人はラベルを貼ってそこで思考停止してしまう。政策の話って、とても複雑ですからね。でも、思考停止してはいけないんです。

田原 基本的な質問で申し訳ないのですが、ベーシックインカムというのは、社会保障とどこが違うのですか。