「あなたは臆病だね」と言われたら、誰だって不愉快でしょう。しかし、会社経営やマネジメントにおいては、実はそうした「臆病さ」こそが武器になる――。世界最大級のタイヤメーカーである（株）ブリヂストンのCEOとして14万人を率いた荒川詔四氏は、最新刊『臆病な経営者こそ「最強」である。』（ダイヤモンド社）でそう主張します。実際、荒川氏は、2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災などの未曽有の危機を乗り越え、会社を成長させ続けてきましたが、それは、ご自身が“食うか食われるか”の熾烈な市場競争の中で、「おびえた動物」のように「臆病な目線」を持って感覚を常に研ぎ澄ませ続けてきたからです。「臆病」だからこそ、さまざまなリスクを鋭く察知し、的確な対策を講じることができたのです。本連載では、同書を抜粋しながら、荒川氏の実体験に基づく「目からウロコ」の経営哲学をご紹介してまいります。
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なぜ、経営者は「不祥事対応」を誤るのか？
不祥事対応の原理原則はシンプルです。
「逃げない」「嘘を言わない」など、小学生でもわかる「当たり前」のことを徹底することこそが大事。誤解を恐れずに言えば、不祥事対応とはたったそれだけのことなのです。
しかも、こんなことは、「リスク・マネジメント」に関する本を読めば、最初の10ページほどで書いてあることです。
にもかかわらず、不祥事対応を誤る経営者がいるのはなぜか？
私は、不祥事対応を「知識」としてもっているだけでは、いざというときには使い物にならないからではないかと思っています。
なぜなら、いざ不祥事が勃発したら、平常心ではいられないからです。
疑心暗鬼に陥った社内外のステークホルダーからの追及に対応しながら、わずかなミスでも大炎上になりかねないメディア対応にも追いまくられる。しかも、対応に失敗したときは、経営トップである自分が矢面に立たなければならない……。
そんな立場に立たされたら、誰だって平常心など吹き飛んでしまうでしょう。本で読んだ「知識」や、研修で学んだ「知識」なんて、恐怖の真っ只中に置かれたら、簡単に吹き飛んでしまうのです。
「知識」より「経験」が大切
だから、「知識」ではダメなのです。
そして、大切なのは「経験」です。
若い頃から、トラブルの渦中に身を置いて、なんとか解決するためにもがくなかで、当たり前の原理原則から外れたら、とんでもない事態に発展するという「怖い経験」をすることでしか、原理原則を「身体」に刻みつけることはできないと思うのです。
その「恐怖」を「身体」に刻みつけておけば、経営者になって未曾有の不祥事に見舞われて、逃げ出したくなったり、嘘をつきそうになったりしても、「身体」がそれに抵抗してくれます。
まるで「毒物」を飲み込んだときに、それを体外に吐き出そうと「身体」がえずくかのように、「逃げたり」「嘘をつく」ことに「身体」が抵抗するような感じです。
このようなことは、「知識」をもっているだけでは起きえません。「経験」でしか身につけることができないものなのです。
“ありえないトラブル”に苦しめられた経験
その意味で、私は恵まれていたと思います。
というのは、若い頃から、さまざまな苦難に見舞われてきたからです。
私は、入社2年目で、当時、立ち上げの真っ只中にあったタイ・ブリヂストンの工場に配属。社会人としての経験も不十分ななか、いきなり異国に放り込まれたうえ、在庫管理、労務管理、法務対応など、経験も知識もない仕事を次々と任されました。
しかも、立ち上げ真っ只中だから、上司は自分の仕事だけでキャパオーバー。結果、右も左もわからない私は、たったひとりで次々と襲いかかるトラブルに立ち向かっていくしかありませんでした。
たとえば、こんなことがありました。
私が26歳で、倉庫長を務めていたときのことです。
タイ・ブリヂストンがトラック・バス用タイヤの新商品を出したのですが、当初、あまり売れなかったために、在庫がどんどん増加。自社の物流倉庫だけでは追いつかなくなったため、やむをえず、メナム川の河岸の物流倉庫の一隅を借りて、そこにそのタイヤを保管することにしました。
ところが、しばらくすると、営業部門のインセンティブ付き販売促進策の効果が出て、その商品が急に売れ始めました。それに対応すべく、河岸の倉庫から総動員で出荷していったのですが、それが、全く想定外のトラブルを引き起こしたのです。
出荷先の多くのタイヤ・ディーラーから、「お前のところのタイヤに穴が空いてるぞ！ どういうつもりだ！」という強烈なクレームが次から次へと押し寄せてきたのです。
タイヤは品質検査合格品のみであり、社内規定に則って適切に管理していましたから、そんなわけはない。私には、何が起きているのか皆目わかりませんでした。
「厳しい叱責」の矢面に立たされる
私は河岸の倉庫に通い詰めて、原因究明に努めました。
すると、驚くべきことがわかりました。
