ピッチャーの真ん前に、痛烈な打球を飛ばすことは、もっとも難しい。かなりの技術がいるのである。それができたということは、すべての面で、私の計算通りにボールをたたけたことを意味している。
(中略)
 ピッチャー返しと比べたら、サードゴロを打つことは簡単。どんな球種のボールでも、100パーセント近い確率で、私は打つ自信がある。

(落合博満『勝負の方程式』小学館)

 つまり打撃の天才・落合の基本はセンター返しであり、大谷のホームランが遠くに飛ぶだけでなくセンター方面が多くなったということは、それだけ成長し、打撃の基本に合っているということだ。

 それでも私は著書やコラムで「二刀流反対論」を繰り返している。

 たとえば2022年の著書でも、「それでも大谷翔平の二刀流に反対する」と書いた。

 たしかに(ベーブ・)ルースは、1915年にレッドソックスの先発投手として18勝8敗の好成績を残し、ア・リーグ優勝に貢献した。また打者としても1918年は13勝7敗の一方で11本塁打を放って、初めて本塁打王のタイトルを獲得している。

 だがこの年以降は登板機会が減り、外野手として出場することが多くなった。

 ルースが大リーグの第一線で二刀流として活躍したのは4年間で、その後、打者転向を決断したことが伝説のホームラン王誕生につながったのだ。
(中略)
 マスコミが「二刀流でベーブ・ルースに並んだ」とはしゃぐのは逆で、4年間で投手生活に見切りをつけ、バット1本に野球人生をかけたルースの選択こそ正しかったのだ。
 大谷もルースと二刀流の記録を競うより、投打のどちらが天職かを見極めて専念したほうがいい。

『巨人が勝てない7つの理由』(幻冬舎)

DHとして毎日出場するのは
投手としても野手としても心配

 すでに書いたように、私は日本ハム時代から逸材・大谷の二刀流には反対してきた。本業の投手にとって負担とリスクが大きすぎるからだ。

 いつも言うように、大リーグは最大20連戦もの過酷なスケジュールを、時差3時間の広大な大陸をナイター終了後の夜間飛行で飛び回りながらこなしている。

 そんななかで先発投手を5人用意し、同じローテーションで回す。そして投手は、登板日の翌日から次の先発までの間に体力の回復をはかり、技術の修正や課題の練習に取り組んで、さらなる進化を目指すのだ。