医学の常ではありますが、「正しい」とされる知見は時代によって変遷し、真実は後の時代にならないとわかりません。最近、マジックマッシュルームに含まれる幻覚成分シロシビンが未来の依存症治療薬として注目されています。このシロシビンは、使用下での自動車運転事故や自殺行動などが発生し、わが国では2002年に「麻薬」として規制対象に定められています。
幻覚薬を用いて依存症の治療なんて本末転倒では!?私はそう思いましたが、いくつかの予備的研究を見て、頭ごなしに否定はできないかもしれないと考えはじめています。
薬による幻覚体験で
断酒に成功した例
幻覚薬による依存症治療という発想は、北米のネイティブ・アメリカン(いわゆるアメリカ・インディアン)の呪術的医療がヒントになっています。白人たちに先祖から受け継いだ土地を奪われ、保留地という狭苦しい土地に押し込められて、自分たちの生活様式と母語、呪術的医療を否定・剥奪されるなかで、ネイティブ・アメリカンの多くがアルコール依存症に罹患しました。
そこで、彼らは、自分たちのコミュニティの中で自分たちの伝統医療にもとづいた治療をはじめました。それは、サボテンから作ったペヨーテという幻覚薬(主成分はメスカリン)を用いた精神変容体験を起こし、その神話的体験を契機として依存症者本人と家族から構成される相互扶助的コミュニティによる支援を展開したのです。
不思議なことに、これってAA(編集部注/アルコホーリクス・アノニマス、直訳では「匿名のアルコール依存症者の会」。飲酒問題を抱える人たちが集まる自助グループ)誕生のエピソードと見事に符合します。アルコール解毒のために最後の入院をしていたビル・ウィルソン(編集部注/AA創始者の1人)は、「ホワイトライト」──部屋が真っ白になってビル自身が山の頂上に立っている──体験をし、これ以降、断酒に成功します。
実は、この体験は、担当医シルクワース博士がアルコール離脱効果を期待して投与した、ベラドンナ・アルカロイドによる幻覚体験だったといわれています。
決して「断酒・断薬には幻覚が必要」といいたいのではありません。しかし、幻覚体験を通じた精神内界の脱構築体験が個人史における「神話」となり、それを核としてこれまでとは異なる新しい生き方、新しいコミュニティ形成を可能にするように感じられるのです。