100円の作品を1万円で買う
「善き行動」を自ら実践
水野 ケインズは、実業家たちは本当は芸術家になりたかったけど、それが叶わなかった悔しさからお金儲けに邁進すると考えていました。彼は、貨幣愛は企業家の鎮静剤だと言っています。
貨幣愛は際限がなく、一種の病気だと見ていました。つまり、ビリオネアは精神的に病んでいる病人とみなされるわけです。
企業家にとって、貨幣はアヘンのような存在だったということです。
島田 ケインズは自身も投資家じゃないですか。
水野 投資家なのですが、儲けたお金は劇場を作るなど、すべて還元していました。
島田 メディチ家みたいなことをやってるんですね。
水野 大負けもするんですけど、最終的には大勝ちして、劇場を作ったり、アーツカウンシル(編集部注/英国芸術評議会)なんかを作ったりしています。
貧しい画家を直接支援すると彼らに引け目を感じさせてしまうので、ケインズは画廊に行って「この作品はすごい」と評価し、たとえば100円の作品を1万円で買うことで、画家に自信をつけさせ、生活も支援していました。彼には、そうした貴族的な一面があり、善き行動を自ら実践していました。
心臓外科医のような経済学者
100年後は歯医者になる?
水野 ケインズの予見力に驚かされるのは、「100年後には、経済学者は歯医者のような存在になるだろう」と書いている点です。最初はその意味がわかりにくいかもしれませんが、行間を読むと、1930年代の彼は「私は今、心臓外科医として緊急の処置をしているのだ」と考えていたのだと思います。
つまり、今まさに死にそうな人を救うために、『一般理論』で有効需要を生み出す政策提言を行ったということです。
しかし、100年後には経済は世の中の中心問題ではなくなっている、と彼は予測していました。虫歯で命を落とす人はまずいませんが、虫歯があればおいしい食事を楽しめない。
ケインズは労働よりも自由時間を大切にしており、歯医者のような存在がその自由時間を支える役割を果たすと考えたのです。