しかし、ナノロボットの働きは、体の正常な機能を維持することに限定されない。血液中にあるさまざまな物質の濃度を調節し、最適な値にして、通常の体の状態を変えるためにも使える。
ホルモンを微調整すれば、私たちはより多くのエネルギーや集中力が得られるし、体の自然治癒や修復を早めることができる。ホルモンを最適化することでより効果的に寝られるようになれば、それは「寿命伸長の裏口」の効果となるだろう。もしも8時間の睡眠が必要なところを7時間に短縮できれば、一生のあいだに約5年分起きている時間が増えるのだ。
体のメンテナンスや最適化にナノロボットを使えば、最後には主な病気が生じる前に防げるようになる。もちろん、ナノロボットを使えるときでも、この目的では利用できない人が出ることもある。ガンなどはその診断が出たあとで利用する必要がある。
細胞レベルで治療開始
ガン克服の未来
ガン退治がむずかしい理由のひとつは、ガン細胞は自己複製する能力をもっているので、すべてのガン細胞を除去しなければならないことにある。ガン細胞の分裂のごく初期段階ならば、免疫系が制御できることも多いが、ひとたび悪性の腫瘍になってしまうと、免疫細胞に抵抗できるようになる。
その時点では、治療でほとんどのガン細胞を破壊したとしても、生き残った細胞が新しい腫瘍に成長するのだ。ガン幹細胞という亜集団は、生き残ったときに特に危険な存在になる。
ガン治療は過去10年で驚くべき前進をしてきたが、これからの10年でもAIの助けを借りてもっと大きなブレイクスルーをなし遂げるだろう。それでも私たちはまだ切れ味のにぶい道具でガンに対処している状況だ。

化学療法はしばしばガンを全滅させるのに失敗し、体中の非ガン性の細胞に重大な付随的損傷を与える。その結果、多くのガン患者が深刻な副作用に苦しめられるだけでなく、免疫系が弱くなるので、他の健康リスクに対して脆弱になる。先進の免疫療法や分子標的薬でさえも、効果と正確性がまだまだ足りない。
それに対して、医療用ナノロボットは、細胞ひとつひとつをガン化しているかどうか調べて、悪性のものだけをすべて破壊することができる。ナノロボットが個々の細胞を選択的に修復したり、破壊したりできるならば、私たちは人間をつかさどる生物学を完璧に習得して、医療は長く熱望した精密科学になれるのだ。