「いいストレス」もある
必要なのは「悪いストレス」の可視化

島根大学医学部 精神医学講座 客員教授 博士(医学)
大西氏はさらに「ストレスの量を測るだけでは、メンタルヘルスへの害をチェックすることはできない」とも言う。
というのも、ストレスには脳神経細胞にダメージを与えて心を弱らせるストレスと、身体に「活」を入れ、行く手に待ち受ける障害に対して肉体的・心理的な準備を整えさせるストレスの2タイプがあるからだ。冒頭のA子さんも、同じ「編集」の仕事であっても、好きな分野と嫌いな分野とでは天国と地獄ほどの違いがあると言っている。
「しかし現状のチェックでは、いいストレスと悪いストレスの切り分けができません。ストレスの量を測る検査には、毛髪内などのコルチゾールという物質を測定する方法も研究されていますが、『(ある競技では、)コルチゾール値が高い選手の方が勝率が高かった』という報告もあり、ストレスには向上要因となるタイプがあることははっきりしています」
そこで悪いストレスのみを測るために考案されたのが、ストレスを浴びたときに、全身で発生している『活性酸素』を可視化する方法だ。ストレスなどによって発生した活性酸素が脳神経細胞を壊し、精神疾患発症のリスクになることは世界的な医学論文でも指摘されている。
活性酸素を可視化する方法はいくつかあるが、大西氏ら島根大学の研究チームは、「バイオピリン」という物質に注目した。バイオピリンは、活性酸素の発生に伴って尿中に大量に排出される特徴を持つ。
「尿中のバイオピリンはストレスに対する感度が非常に高いことに加え、飲酒や喫煙習慣、BMI、男女差などの影響をほぼ受けない特性も、マーカーとして好都合でした」
ちなみにマーカーとは指標という意味で、たとえば腫瘍マーカーなら、正常な細胞ではほとんど見られないのに腫瘍では特異的に産生される物質がマーカーで、腫瘍を見極める目印として使える。
「発症危険状態」なら予防できる」
尿中の物質の濃度が判断材料に
2018年、大西氏は島根大学に保存されていた患者の尿を使って、精神疾患とバイオピリンの関係を調べる研究に着手し、画期的な成果を上げた。特に22年に発表した論文では『精神疾患発症危険状態』とバイオピリンの関係を医学的に定義することができた。精神疾患発症危険状態とは、病院を受診するほどではないものの症状は既に出ている状態を指す。