「毎日テロが起こっているようなものだ」――。
ある日系企業のアフリカ駐在員は、南アフリカ共和国の治安事情をこう評する。それもそのはず、南アフリカの2006年度の殺人発生件数はじつに1万9202人。ちなみに日本は、1年間で1199件(07年)だから、件数で16倍、発生率では日本の約50倍にもなる勘定だ。ほかにも、強姦は5万2600件、重大な傷害事件は21万8000件……、と南アフリカは世界有数の犯罪発生国家である。統計自体の信憑性の問題もあり、実態はさらにひどい可能性もある。
そもそも南アフリカは簡単に銃が手に入る銃社会。人口4200万人に対して6000万丁の拳銃があるという説もある。そのためスリなどの細かいことはせず、銃を使った凶悪犯罪になることが多い。初めて現地に赴任した日本人駐在員は、大使館で実際の銃の音を聞かされ、伏せて逃げる方法の指導を受けるという。
いたるところに危険が転がっているが、“持っている者から取る”のが基本だから、銀行は最も危険な場所のひとつだ。ATMの前には犯罪者が獲物を狙って目を光らせている。キャッシュカードを奪われたとしても、被害を最小限に食い止められるよう、日本人駐在員は、1日当たり1000ランド(約1万4000円)までしか預金を引き出せないようにするなどの対策を講じている。高速バスなど金目のものを持っている人間が多い乗り物も狙われやすい。
病院のエレベーターにまで、「襲われたら抵抗しないで言われるようにしてください」と書いてあるというから凄い。駐在員の数少ない娯楽であるゴルフ場でさえも安心できない。奪ったゴルフクラブを中古市場で売って換金するため強盗に狙われる。ちなみに高速道路がすぐ近くを通るゴルフ場は、高速道路から犯罪者が侵入してくるため、人気がないのだとか。
一般の住居への強盗も日常茶飯事だ。2006年度は1万2761件も発生しており、日本人なら「3年住んでいれば1回は(住宅への強盗に)遭う」(松本英治・YKKサザン・アフリカ社 社長)。もちろん、日本人駐在員が住むような家には対策が施されている。“3つの防衛線”と呼ばれる鉄格子が、1つは表玄関、1つは寝室、1つはバスルームに備え付けられている。
それでも、犯罪者がこの3つの防衛線を破るのにかかる時間はわずか5分程度。ただし、これはセキュリティサービスが駆けつけるのには十分な時間だ。防衛線はその間の時間稼ぎをするためのものなのだ。
ちなみに、住居への侵入には、使用人が犯罪者を手引きしたり、犯罪者に情報を提供しているケースも少なくないが、「使用人が協力しないと、使用人の家族が殺される危険性がある」(松本氏)事情も関係しているという。
近年は犯罪の組織化も進んでおり、首都プレトリアでは、本来安全なはずのショッピングモールに、35人組の強盗が入って入り口を封鎖。3時間かけてじっくり盗みを働いた事件も起こっている。
今、南アフリカでは「2010年までに政府がどこまで組織犯罪を押さえ込めるかが重要な課題となっている」(宮司正毅・国際協力機構 客員専門員)。南アフリカでサッカー・ワールドカップの開催が予定されているからだ。残された時間は2年を切った。万全な警備状況とはいかない可能性が高い。すでに「金持ちが大挙してやってくると手ぐすねを引いて待っている輩が大勢いる」(現地駐在員)というから、無防備な日本人がノコノコと南アフリカにサッカー見物に行けば、いいカモになるのは確実である。
(『週刊ダイヤモンド』編集部 佐藤寛久)