2. 証拠の不在

 次に、危機の明確かつ決定的な証拠がない段階では、変革への動機付けを得にくいということがある。

「大丈夫だろう」「そこまで深刻ではない」という楽観的な見方が先行し、本格的な対策がとられないケースが多く見られる。

 特に、エビデンス主義に偏りすぎている組織では、「数値やデータで完全に立証できない限り、ただの懸念事項」と見なされてしまい、重大なシグナルが放置される可能性が高い。

3. リソース不足

 危機に対処するには、多くの場合、コストだけでなく専門知識や高度な技術、十分な人員が必要である。こうしたリソースが不足している組織では、「どうせ取り組んでもまともに対応できない」という諦めが生じやすく、結果的にリスク対応が後手に回る。

「予算がない」「手間をかけられない」という事情を抱える組織ほど、リスクを認識していながらも具体的な準備や対策に着手できず、問題を放置してしまいがちだ。

4. 心理的バイアス

 先述のような構造的要因をさらに強固にしているのが、人間の意思決定を歪める心理的バイアスである。代表的なバイアスは以下の二つだ。

・現状維持バイアス

 人は変化に伴う不確実性を嫌うため、現在の状態をできるだけ保ちたいと考える傾向がある。組織内では「今のやり方を変える必要が本当にあるのか」「このままでも問題は表面化しないのでは」といった意見のほうが主流となりがちで、問題がすでに起きていても改革に踏み切れない原因となる。

・損失回避バイアス

 人間は「得られる利益」よりも(短期的に)「失うこと」への恐怖・抵抗感が強いとされる。組織では「今行動を起こせば、ほぼ間違いなく評判や利益を損なう」という意識が先に立ち、長期的な視野に立つことができず、当面の損失を回避しようと行動を控えるケースが少なくない。結果として、後々より大きなダメージを被る意思決定をしてしまう。