ジジババブームが
もたらした害悪

 天才は、若くして一気に坂を登りつめ、まるで崖から落ちるように死んでしまう。芥川龍之介がそうでした。それはそれなりに天寿をまっとうしているが、われらジジイは、坂をだらだらと下るなかに楽しみを見つける。マウンテンバイクで、カナダのスキー場のてっぺんから降りたことがある。カナダのスキー場は夏場はマウンテンバイク場に変わる。

 そのときは崖のような急斜面を、ブレーキをかけながら命からがら降りた。ひとつ踏みはずせば崖からまっさかさまに落ちて転落死になる。

書影『爺の流儀』(ワニブックス【PLUS】新書)『爺の流儀』(ワニブックス【PLUS】新書)嵐山光三郎 著

 降り終わったときは、情けないことに、ブレーキをかけつづけたため両手が赤く腫れあがっていた。下り坂といっても、ときには命がけだ。どうやって人生後半の坂を降りていったらよいのか、これはそう容易なことではなく、降りる技術は、登る技術にも増して熟練がいる。退歩していく自分を受容しつつ文化的であること。これは、年をとってからではもう遅く、その人なりに練習しておいたほうがよい。

 年をとると、なにがおこるかわかったものではない。下り坂には、十分気をつけて用意周到の準備がいる。

 いまの日本は、ジジババブームで、60代70代は、椅子からベッドまで新商品を売るターゲットになっている。80代をすぎると、もう、欲しい物はなくなり、商品が価値ではなくなる。ジジババブームは、老害政治をひきおこし、若い連中に憎まれる。日本にはずっとこの伝統があり、財界もまたしかりだ。白髪の老人を理想化して、知識人の典型とみるいっぽうで、老化して皺だらけになった体を蔑視する。

 うっかり老人が権力を手放すと、それっきりなめられるということも昔からそうなっており、下り坂は右も左も敵だらけだから、悠々と下るには体力も精神力も必要となる。