同じ役者が違う役、違う演目を演じている役者絵を、その役者を推すファンなら全部買ってくれる。そういうパターンを作り上げてたんでしょう。

 写楽が描いた歌舞伎役者は全部で47人だから、顔も47パターン。ハンコみたいに同じ顔にしたわけじゃなくて、おのおのの役者ごとに目、眉、鼻、アゴなんかの向き、大きさについて、ルールをいくつか決めておいたんじゃないでしょうか。

 写楽の作品には、同じ役者が違う役を演じたものが複数残ってます。顔、ほんとにどれも同じですよ。

 その顔のパターン化のために大きな働きをしたのが、斎藤十郎兵衛だった、というのがこの説のキモなんですね。

役者絵は「能面」から生まれた?
250種類の表情が示す共通点

書影『松村邦洋 懲りずに「べらぼう」を語る』(プレジデント社)『松村邦洋 懲りずに「べらぼう」を語る』(プレジデント社)
松村邦洋 著

 斎藤十郎兵衛の何がすごかったのか?写楽以外で十郎兵衛が描いた絵は今のところ出てきてないので、絵描きとしての腕はわからないんですが、写楽のキーポイントの1つは、他ならぬ能なんです。

 能の役者さんって、顔に能面をつけますよね?じゃ、その能の面って、何種類あるかご存じですか?何と、基本的なものだけでも約60種類。その他の面を含めると、約250種もあるんだそうです。

 目の表情、まぶたが一重か二重か、眼窩のくぼみ方は?等、顔のどのパーツの何をどういじると、そのお面が現わす人の喜怒哀楽とか本性みたいなものはこう変わる、という精密なノウハウを、能と能面に携わる人は持ってるんだと思います。

 蔦重が十郎兵衛に求めたのは、そういうノウハウだったんじゃないか、と言われているんです。

 しっかし、よくこんなところに気付きましたよねえ。歌舞伎の商品を作るのに、能面作りのノウハウを持ってくるなんて。蔦重本人か、北尾重政をはじめブレーンがめちゃくちゃ優秀だったんでしょうね。