日本の産業界は、明治以来とりわけ戦後以降、積極的に欧米企業に学び、その長所や経営手法を選択的に取り込みながら、製品、事業、人材、経営を進化させ、ついには「日本的経営」という世界に類を見ない独自のマネジメントシステムを確立した。しかし、バブル経済崩壊後は、自信喪失により日本的経営は否定され、経営のグローバルスタンダード化という名の下に、欧米の経営理論や手法、ベストプラクティスを安易に導入するようになった。

 激動の大変革期を迎えたいま、日本企業はこうした欧米のベストプラクティスの模倣や輸入ではない、乱世を生き抜くために自社の「経営資源」をとらえ直し、それらをダイナミックに再構築する「シン日本流経営」が求められる──ダイヤモンドクォータリーはこうしたテーマを掲げ、2025年2月17日、都内で「ダイヤモンドクォータリー創刊8周年記念フォーラム」を開催した(主催:ダイヤモンド社 メディア局、協賛:Ridgelinez、ヤプリ、Wolters Kluwer CCH Tagetik)。

「シン日本流経営」をテーマに行われた基調対談では、京都先端科学大学教授の名和高司氏とNTT会長の澤田純氏が、日本企業の強みや、それを活かすためのマネジメントについて、「稀少性」「多様性と包摂」「共感善」「Self-as-We」「スコープアウト」などのキーワードを交えつつ、縦横無尽で本質的な議論が展開された。本稿では、そうしたキーワードの意味を解き明かしつつ、22世紀まで必要とされる日本企業の在り方を問う。

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欧米流の経営とどう向き合うか〜
欧米流×日本流による「異結合」の可能性

 1990年頃にピークに達した日本経済は、その後30年にわたって長い停滞期を迎えた。日本企業の多くも同じ道のりをたどった。ただ、2020年前後から新しい動きも見え始めている。

 世界最大の世論調査会社、イプソスが興味深い調査を行っている。60カ国を対象に「輸出」「ガバナンス」「文化」「人材」「観光」「移住と投資」という6つのポイントから世界各国のブランド力を調査している「国家ブランド指数」(NBI)において、日本は2023年にドイツを抜いて1位を獲得した。新著『シン日本流経営』(ダイヤモンド社)でもこのデータを紹介した京都先端科学大学教授の名和高司氏は、こんな解釈を示す。

「日本ブランドが高く評価される理由は2つあります。第1に日本が信頼できること、第2にユニークさや稀少性です。これまで、日本はみずからの稀少性を『ガラパゴス』と自嘲するケースが多かった。しかし、欧米流のスタンダードが世界に広がる中で、多くの人が『その場所にしかない日本的な稀少価値』に気づき始めた。日本の伝統に根差した稀少性が再評価されているのです」

経営資源をとらえ直し、ダイナミックに再構築する京都先端科学大学 教授|一橋ビジネススクール 客員教授
名和高司氏

東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカー・スカラー授与)。三菱商事を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事。2010年より一橋ビジネススクール客員教授、2021年より京都先端科学大学教授。ファーストリテイリング、味の素などの社外取締役を歴任。企業および経営者のシニアアドバイザーも務める。

 平成期、日本企業の多くが世界標準と呼ばれる欧米流経営に追随しようとしたが、成功事例は多いとはいえない。むしろ、日本流経営の本質を踏まえたうえで欧米流を参考に、両方のスタイルの統合を目指す企業が注目されている。それが「シン日本流経営」である。前出の著書では、日本流経営を実践している企業として中川政七商店やダイキン工業、カネカ、キーエンス、オイシックス・ラ・大地の事例が取り上げられている。

「日本流経営の本質を理解し(守)、欧米流を学んだ(破)うえで、新しい経営スタイル、すなわち“シン日本流経営”に至る(離)。守破離の実践は、言わば日本流と欧米流をうまく掛け合わせる異結合(クロスカップリング)なのです」と名和氏は言う。

 相矛盾するように見える異質なものをいかに融合するか。NTTはそんなテーマに向き合ってきた企業の代表といえるかもしれない。同社は公共性と企業性を両立させ、シームレス経営を推進するグローバル化と、分散型経営を実現するローカル/リージョナル化の権限委譲をしながら同時に両立させるモデルを導入している。このモデルの根底には、矛盾しているものを矛盾したまま受け止めることで多様性を育む「パラコンシステント」(同時並列)という考え方がある。NTT会長の澤田純氏は「若手社員の頃は、公共性と企業性の間で矛盾を感じることがよくありました。やがて、これらを両立させることが、社会課題解決を目指すべきだと考えるようになりました」と語る。

 グローバルとローカルの両立も難しい課題だ。日系グローバル企業が多用しがちな「Japan Quality」をめぐるエピソードを澤田氏が語る。

「外国人社員に対して『Japan Quality』と言うと、よく質問攻めになります。『それは過剰品質ではないのか』『日本人しかできないのか』『ちゃんと定義してくれ』という具合です。日本人サークルの中で日本品質と言えば、何となく共通理解があるような気になりますが、その中身は個々人によって微妙に違っているでしょう。外国人ならなおさらです。そこで、『Our Quality』と言うようにしました」

経営資源をとらえ直し、ダイナミックに再構築する日本電信電話(NTT) 取締役会長
澤田 純氏

京都大学工学部卒業後、日本電信電話公社(現NTT)に入社。2014年に代表取締役副社長、2018年に代表取締役社長、2022年に代表取締役会長を経て、2024年より取締役会長(現職)。日米経済協議会会長、経済団体連合会(経団連)副会長、京都哲学研究所共同代表理事、立命館大学ビジネススクール客員教授なども務める。

  仮にJapan Qualityを定義すればヌケ・モレが生じたり、異論が百出したりするかもしれない。Our Qualityであれば企業の共通基盤となりうる。澤田氏は「多様な社員を包摂するうえでも有効です」と言う。