2025年、アメリカのトランプ第2次政権の誕生によって、グローバル化と自由主義経済を謳歌する時代の終焉はより明確となった。地政学的にいっそう混迷を深める世界において、企業はグローバルサプライチェーンの危機にさらされ続け、経営のグローバルスタンダードは幻影となりつつある。そんな環境の中で、日本企業は乱世を生き抜くための「シン日本流経営」が求められる──ダイヤモンドクォータリーはこうしたテーマを掲げ、2025年2月17日、都内で「ダイヤモンドクォータリー創刊8周年記念フォーラム」を開催した(主催:ダイヤモンド社 メディア局、協賛:Ridgelinez、ヤプリ、Wolters Kluwer CCH Tagetik)。

 本稿では、「企業版『経済安全保障』の論点」と題し、この分野の第一人者である東京大学公共政策大学院教授で国際文化会館 地経学研究所長を務める鈴木一人氏の基調講演のレポートをお届けする。

 経済安全保障というと国策のイメージがあるが、経済を「武器」とした戦いにおいては最初に矢面に立つのは企業である。企業にとって、経済安全保障は、中長期的なリスクへの対応にほかならない。だからこそ企業版「経済安全保障」という戦略が極めて重要となる。

 世界経済が荒波にさらされようとしている中、日本企業はいかに備えるべきだろうか。世界における「経済安全保障の論点」と「日本企業が取るべき針路」を鈴木氏が解説する。

政経分離の時代が終わり、政経融合の時代へ

 東西冷戦が終わりを告げた1990年代からの30年、世界経済は急速にグローバル化が進展した。「世界の工場」へ成長した中国と、豊富な天然ガスの供給元となったロシアが幅広い製品のサプライチェーンに組み込まれ、製造コストは低下し、企業の利益は拡大した。30年間、多くの企業がグローバル化の恩恵を受けてきた。

 しかし、そこには隠れていた陥穽があった。多くのビジネスパーソンがそこに気づいたのは、アメリカのトランプ政権第1期(2017〜2021年)かもしれない。鈴木氏はこれを「相互依存の罠」と呼ぶ。

「中ロを自由貿易に編入することで中国の生産効率の高さ、ロシアの天然資源に対する依存が強化されました。また、2008年のリーマンショック以降、西側諸国と中国・ロシアが政治的に対立する場面が増えましたが、『政冷経熱』という言葉があったように、経済における相互依存の構造はほぼ維持されました。そして、中国によるレアアース禁輸やトランプ政権の誕生をきっかけに、経済をてこにして政治的目的を達成する行動が目立ち始めた。これら3つの『相互依存の罠』から、政経分離の時代が終わり、政経融合の時代が始まったといえるでしょう」

経済戦争では企業が最初に被弾する東京大学 公共政策大学院 教授|国際文化会館  地経学研究所長
鈴木一人 氏

立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英国サセックス大学大学院ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大学大学院人文社会科学研究科 准教授、北海道大学公共政策大学院 教授などを経て、2020年より東京大学公共政策大学院 教授、2022年より国際文化会館 地経学研究所長。研究領域は、国際政治経済学、科学技術と経済安全保障、宇宙政策など。

 相互依存関係が深いほど、経済が武器として使われた時の影響は大きい。多くの国が、そのダメージをいかに軽減するかを真剣に考えるようになった。そこで、近年急速に経済安全保障への関心が高まっている。