日本企業は多様な稀少性でスコープアウトを目指せ
アメリカが自国ファーストで内向きになり、グローバルサウス諸国が台頭する中で、世界は多元化の方向に進んでいるといえる。ユニークなものを提供する日本企業にとってはチャンスだと澤田氏は考える。
「競争の土俵がスケールメリットの追求であれば、日本企業は欧米や中国に対して分が悪い。日本企業はスケールではなく、多様な稀少性や匠の技といった資産で勝つためのアプローチ、たとえば『多種多様なガラパゴス』を考えるべきではないでしょうか」(澤田氏)
スケールで勝負する企業の代表はGAFAMだろう。圧倒的なスケールを獲得した企業との真っ向勝負は非現実的だ。日本企業はスコープアウト(質的多様性を外に広げる)を考えるべきと名和氏は提案する。
「共感善という基盤の上に、多種多様な商品・サービスを載せてデリバーするイメージです。商品ごとにユニークな特徴を持っていても、それらは共感善でつながっている。そんな状態が望ましい」と名和氏。スケールメリットで勝てないとしても、スコープメリットで勝つことはできるという考え方に、澤田氏も同調する。
「これからはスケールとスコープの世界を分けざるをえない。スケールで勝負する世界があるうえで、日本企業は稀少性に依存するプラットフォームに入り込み、スコープの世界でユニークな領域を広げていくべきです。そこでは価値に重きが置かれ、ある領域を狙った、パーソナルカスタマイズされた商品、サービスが求められます。通信の世界はいま、たとえばSNSでエコーチェンバー現象が起きて分断が加速していますが、これはテキストベースのコミュニケーションに留まっていることが大きい。つまり、通信はまだまだ『以心伝心』の技術として使えていないのです。そうした通信の技術を発展させることで、コネクティビティを広げ、人と人がつながる。そうするとスコープの世界同士がつながり合い、共感善がつくりやすくなると考えます」(澤田氏)
スケールとスコープは二者択一ではない。両方の強みを組み合わせることは可能だ。名和氏が示す例は、スイスに本拠を置くロシュのグループ企業である中外製薬だ。近年、同社の企業価値は大きく向上している。
「中外製薬は稀少疾患向けの創薬にフォーカスしており、結果も出しています。稀少疾患なので日本国内だけでは大きな売上げを期待できませんが、ロシュのグローバルネットワークに載せれば世界市場で販売することができる。ロシュは柔軟なガバナンス体制を敷いており、中外製薬では自由度の高い研究開発ができるようです」(名和氏)
多様性を維持したまま、グローバルな組織の一員として包摂する。従来のM&Aのように中外製薬が買収されてロシュ色に染め上げられてしまうと、イノベーションが阻害される。ロシュは多様性を許容する「スケール×スコープ」メリットの実践例であるといえよう。
「どこにでも神様がいるという『八百万の神』の考え方、あるいは神道と仏教を融合させるような日本のスコープ的な多様性の概念は、もっと世界に対して主張すべき」と述べる澤田氏に対して、名和氏も「そうすれば日本と世界がウイン・ウインの関係になれる」と同調し、基調対談は締めくくられた。
名和氏と澤田氏との対談の後、この日のプログラムの最後にラップアップセッションと交流会が開かれた。壇上では名和氏とダイヤモンドクォータリー編集長の宮田和美が対話し、シン日本流経営のエッセンスが深掘りされた。熱心な参加者からの質問もあり、名和氏は共感善や守破離などのキーワードを交えて回答。日本企業が自信を取り戻し、輝きを増すためのヒントを散りばめたセッションとなった。

◉構成・まとめ|津田浩司、新井幸彦 撮影|佐藤元一