「中国は真似ばかり」という
固定観念を打ち壊したATL
2006年、黄は電気自動車用バッテリーに関する問い合わせを受けるようになった。最初の依頼はインドのレヴァ・エレクトリック・カーからだった。当時、同社は改良型鉛蓄電池を搭載した二人乗りの電気自動車、「Gウィズ」を製造していた。最高速度は時速約40キロ、航続距離は80キロで、充電には何時間もかかった。レヴァは、車の最高時速と航続距離を向上させ、急速充電を可能にするリチウムイオン・バッテリーを供給する会社を探していた。
電気自動車に搭載されるリチウムイオン・バッテリーは、携帯機器に組み込まれるものとはまったく異なる。自動車には、携帯電話のバッテリーよりもはるかに多くのエネルギーを、はるかに速い速度で送り出せるバッテリーが必要だ。解決策を見つけるため、黄と曾はATL内に研究部門を設置し、同時にアメリカのテクノロジー・ライセンスの取得を開始した。ライセンスがあれば、アメリカですでに行われているR&D〔研究開発〕に加われるようになる。
当時の中国には、ライセンスを買い取ったり自動車用バッテリーの初期段階の研究開発に数百万ドルの投資を行ったりする企業はほとんどなかった。中国企業は、他国の企業のライセンスを盗んだり真似したりするものと思われていた。だがATLは、懸命な研究努力を重ねてそうした固定観念を打ち壊し、21世紀に製造業で最も重視される部門を中国が独占するお膳立てをした。
ATLは、2008年にはすでに、努力の成果を手にしていた。その年、中国政府は北京オリンピックで、電気バスの試乗車を何台も走らせ、そのうちの何台かはATLのバッテリーを動力源としていた。電気バスの試乗は、輸送用機器の電化を推進する政府の計画の始まりであり、汚染物質を吐き出すバスの数を減らして微小粒子による致死的な大気汚染を低減し、温室効果ガスの排出量を削減するための戦略だった。
中国政府は市民や世界のメディアから、スモッグのかかる空を何とかしてほしい、カーボン・フットプリント(温室効果ガスの排出量を二酸化炭素量に換算して、わかりやすく表示する方法)を小さくしてほしいと圧力を受けていた。黄と曾は、それを好機だと受けとめた。2011年、ふたりはATLの車載バッテリー部門を独立させて、新会社、CATLを立ち上げた。頭につけた「C」は、バッテリーの未来は自動車事業とともにあるというふたりの信念を示す「コンテンポラリー」(同時代の)の略だ。