ラテン語 そうです。あれはスピーディーにコーヒーが出てくることを表した名前です。紹介した格言は、『アエネーイス』(注5)で、女王ディードーがアエネーイスに熱を上げて、治政がおろそかになっているのではとカルタゴ人から噂されたことについて、ウェルギリウス(注6)が書いたものです。
ヤマザキ 信憑性の有無にかかわらず、噂というものは人の意識を巻き込む大きなエネルギーを持っていると言いますから。
ラテン語 そうなんです。火のないところに煙は立たぬとはよく言われますが、実際は火のないところに煙を立たせる人もいます。噂とはそういったものだと思います。
私も中学校時代、「あいつはテストでいい点を取ったから、誰々を見下している」という噂を流されて、すぐ後になって「調子に乗らないように」と別の人から窘(たしな)められて、広まった噂に気づくということがありました。どうやら、私より少し下の点数の人が噂を広めていたようです。
「信じる」というのは
人のせいにできるから楽
ヤマザキ 噂を広げて可視化できない攻撃を仕掛けるのって、本当に非人道的で狡いなあ、と思います。噂という攻撃を受けた人は場合によっては疲弊し、ボロボロになって、生きる力を奪われたりもしますからね。
週刊誌のゴシップもまた真実や真意が曖昧なのに、人の好奇心を煽ってその後の保証はしない。まさにそれですよ。今は新聞やテレビの報道ですら信じられないという人たちも大勢います。
とにかく、そういった媒体を含め、人が言ってることについては、面倒でも一旦は「それって本当なんだろうか」という疑念を持たないといけないと思います。
ラテン語 一時は信じるほうがコスパがいいんでしょうけど、後々になって噂に苦しめられるのは自分たちでしょう。例えば、オイルショックの時のトイレットペーパーの買い占めとか。
ヤマザキ コロナ禍でもいろいろありましたね。噂であろうと何であろうと、信じるっていうのは人のせいにできるから楽なんですよ。信じた人に裏切られれば裏切った人が悪いとなるし、噂に踊らされても、噂が悪いとなる。
注6 古代ローマを代表する詩人。紀元前70年~前19年。本書の装画はヤマザキマリが彼を描いたもの。