イタリアみたいな国では「裏切られた」というと「信じたお前が悪い」と返されます。信じる前に吟味しろ、裏切られたり、失敗したりする責任は自分で持て。これはイタリア人のみならず、東欧や中東などでもよく耳にする言葉です。そこには地中海文明で培われた精神性が継承されているように思います。

ラテン語 「信じられぬと 嘆くよりも 人を信じて 傷つくほうがいい」と歌う「贈る言葉」の反対ですね。

ヤマザキ 裏切られるという経験があまりなかった人の歌ですかね(笑)。

古代ローマ社会の世相を表す
「パンとサーカス」

ヤマザキ 噂というものの威力越しに見えてくるのは、人という生き物の操られやすさです。panem et circenses「パンとサーカス」(編集部注/詩人・ユウェナリス〈西暦60年~130年〉が、古代ローマ社会の世相を批判して詩篇中で使用した表現)というのは、手短に人を寄せ集め、体よく操るための手段ですよね。

 戦争に負けた後、日本はアメリカの支配下に置かれ、同時にアメリカが提供する様々な文化を積極的に吸収してきました。例えばロックやジャズのような音楽もそうだし、映画、ハンバーガーやピッツァのような食文化。エンタメと食べ物は人々に生きる喜びや快楽を提供するコンテンツですから、日本人は喜んでそういったものを受け入れた。パンとサーカスは、それとまったく同じことです。

 要するに、戦争で征服した属州に、コロシアムのような娯楽を楽しむ施設と食料供給網を持ち込むことで、現地の人々を喜ばせるわけです。古代ローマ式領土拡張の大事な点は、まず支配した属州の風習、習慣、信仰には干渉はせずにローマ式な思想や文化を染み込ませていく。

 温泉を含む浴場というのも、まさに古代ローマにおける快楽を掲げた重要な外交力です。娯楽と快楽を提供すれば、民衆はいとも簡単に操られてしまうわけです。

ラテン語 穀物の無償配給は簡単に思いつきそうですが、娯楽も為政者の重要事と目を付けていたのがすごいですね。戦車競走であるとか。

ヤマザキ 円形劇場で行われていた闘技も、半円劇場で催されていた喜劇や悲劇といった演劇のエンタメ統治力も半端ありません。パンが肉体を満たす供給源であるのと同様に、サーカスは精神面に快楽という充足感を与えます。スポーツ競技もオリンピックを見れば分かるように、古代から民衆を動かす力を備えたイベントとして、現代にまで受け継がれていますからね。