ラテン語 娯楽の強力さは、アウグスティヌス(注7)の『告白』にも描写されています。真面目だった青年が友達に誘われて剣闘士競技を見に行きます。最初のうちは競技場には行っても見ないように見ないようにと気をつけて目を閉じているのですが、観客の歓声といった熱気に当てられて遂に目を開くと、そこからはもう一気に引き込まれ、競技場に通うようになる。そんな話が載っています。

用心の重要性を説く
「蛇が草のなかに隠れている」

ヤマザキ 用心の重要性を教えてくれるものでいうと、latet anguis inherba「蛇が草のなかに隠れている」という言葉でしょう。安心だと思っていた場所を歩いていたら、いきなり蛇に咬まれてしまう。

ラテン語 危険は見えないところにある。

ヤマザキ 今の日本は治安がどんどん悪化しているから、まさにこの言葉がストレートに当てはまりますね。

 治安とは違いますが、私は日本人は皆勤勉で真面目で、親切に接していれば向こうも同じく親切に接してくれる人種だと思い込んでしまったせいで、日本での仕事がメインになってから、随分いろいろと痛い目に遭いました。

 友達だと思って付き合っていた人が、自分を利用していただけだと知った時はショックでした。しかもその人にはそんな自覚はない。そんな場合にもこの言葉を使えるでしょう。

書影『座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65』(SBクリエイティブ)『座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65』(SBクリエイティブ)
ヤマザキマリ・ラテン語さん 著

ラテン語 「草のなか」という見えにくいところに隠れているという意味では、街中の怪しい勧誘がまさに「蛇」でしょうか。ちょっとしたアンケートにご協力いただけませんか。そういう類いの、普通の人の仮面を被った勧誘です。

ヤマザキ そういう譬えにも取れますね。当たり障りのない人だと思っても、内心では何を考えているか分からない。

ラテン語 広告もこの譬えに当てはまると思うのですが、合法的な広告でも、下にごく小さい文字で注意書きが隠れていますよね。

ヤマザキ 蛇というのは思いもかけないようなところにいる。それが蛇自身にも自覚がない場合がある。それだけは確かです。

注7 354年~430年。神学者、司教。北アフリカ生まれ。マニ教を信奉していたが、新プラトン主義などの影響を受けてキリスト教に入信。教義の確立に寄与した。告白アウグスティヌスの自伝。マニ教入信など過去の過ちを告白し、キリスト教への回心を語る。