ヘビPhoto:PIXTA

古代ローマを描く漫画家と、気鋭のラテン語研究者が語りあう、ラテン語格言の数々。古人が残した「悪人を許す者は善人を害する」、「噂、これ以上速く進む悪は存在しない」、「蛇が草のなかに隠れている」を吟味すれば、古代ローマも現代ニッポンも、「人と社会」は何ら変わらないということが見えてくる。本稿は、ヤマザキマリ・ラテン語さん著『座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65』(SBクリエイティブ)の一部を抜粋・編集したものです。

悪人を許す者は
善人を害する

ラテン語 紹介したいのがbonis nocet qui malis parcit「悪人を許す者は善人を害する」です。

ヤマザキ セネカ(注1)の言葉ね。

ラテン語 そのように伝わっています。犯罪者を英雄視するであるとか、悪人に甘い考えを持つような人がいると、将来的には真面目に生きてきた人が害を被ることになってしまう。現代でも、メディアで犯罪者がいいように描かれたり、同情的に報道されたりすると、共感する人が出てしまう、ということがあると思います。

ヤマザキ 悪人と善人の線引きが難しい場合もありますね。思想が異端なだけでも悪人とされてしまう場合もあるし、鼠小僧(注2)みたいな例もありますから。極悪人の味方になるには、例えばよほどの信仰心や執着が必要になるから、そんなにはいないんじゃないかという気もするのですけど。

ラテン語 現代でも、かなりの重罪で刑務所に長く入っている服役囚にも、ファンレターが結構届くらしいですね。

ヤマザキ 確かにマフィアのイメージなんていうのは、まさにそこに当てはまりそうです。例えば『ゴッドファーザー』(注3)を心の映画に挙げる人はたくさんいますよね。かくいう私もこの映画も日本のヤクザ映画も大好きで夢中で見てしまいます。

 古代ローマでも、極悪人もお金さえ出せば罪を解消してもらえたりしてたんじゃないかなあ。

ラテン語 うーん、どうでしょう。許される場合もあったでしょう。

ヤマザキ とにかく、古代ローマの治安は相当悪かったはずですよ。今とは比べ物にならないくらい。

ラテン語 犯罪者に過度に甘い考えを抱くことを抑制するために出た言葉だと思います。

噂話より速く進む悪は
存在しない

ラテン語 次は、fama, malum qua non aliud velocius ullum「噂、これ以上速く進む悪は存在しない」です。ちなみにvelociusはvelox「速い」の比較級です。

ヤマザキ カフェ・ベローチェ(注4)のveloce「速い」ですね。イタリア人の夫がこのカフェのネーミングを見て「カフェなのに寛げなさそうで、なんだか入れない」と一言漏らしたことがありました。

注1 古代ローマのストア派哲学者、政治家。紀元前4年頃~65年。ネロ帝の家庭教師だったがその不興を買い、自殺。

注2 1795年~1832年、江戸時代の盗賊。大名屋敷だけを標的にしたことから義賊とされる。

注3 1972年公開の映画。監督はフランシス・フォード・コッポラ、原作はマリオ・プーゾ。アメリカに生きるイタリア系マフィア一族の物語。アカデミー賞3冠。続編も評価が高い。

注4 首都圏を中心に展開する日本のカフェチェーン。