それに関連して思い出す患者さんがいる。私が東大にいたころ、主治医として担当していた、ある著名な建築家の方だ。心臓病を患っており、60歳ごろから70代半ばにかけて、毎月1回、妻に付き添われて診療を受けに来ていた。当時としてはかなり高齢で、心臓病自体も根治は望めない状況だった。しかし、その方は、心臓病が治らないことを受け入れつつ、それでも仕事は続けたいと、晩年まで精力的に働いていた。

 会社員であれば定年があり仕事を終えるものだが、著名な建築家ともなると、自分の名前で建築物が評価される。定年まで働く仕事とは別次元の、その人の人生を賭けての仕事だったのだ。

 もっとも、仕事の多くは弟子の人たちが支えていたのだと思うが、当時診察していた私には、仕事に情熱を注ぐその強い精神が、病体を突き動かしていたように思えていた。通常なら悲観してしまいそうな病気を抱えていても、その方の人生観、人生哲学というものがそれをはねのけていたのだ。

 話を戻して、一般的な高齢者の特徴についてもう少し続けたい。

服薬しているのに体調が悪い…
高齢者医療の落とし穴

 私は90歳になる現在も医師として高齢者施設で週4日勤務しているが、入所者たちへの対応をする上で、気をつけていることがある。

 それは、高齢者ならではの体や病気の特性をよく理解した上で、健康管理することが大切ということだ。新たに入所した人には、健康状態や持病などについて細かく把握することに加え、服薬の状況、とくに複数の薬を服用している「多剤処方(ポリファーマシー)」の場合は十分に確認を行うようにしている。

 高齢になると、1つではなく複数の病気を持つことも多い。全く関係のない病気がいくつか重なることもあれば、それぞれの病気に関係があって、相互作用的に別の病気を引き起こしたり、悪化させたりするものもある。一見、無関係のように思えて、実は共通の原因で起こっている病気もある。

 注意が必要なのは、複数の病気を持っているということは、複数の病院や医師の診療を受けている可能性があるということだ。