ただ、こちらのイメージも古めかしい。かつて1970年代ごろまで、一般人から党幹部まであらゆる中国人が緑色の人民服(麻雀用語から「緑一色」とも呼ばれた)を着ていた時代があったが、いまや日常的に「緑一色」で過ごす人は農村部でもほぼ消えた。
中国における人民服は礼服でもあるため、中国共産党の指導者が軍の視察や外交の場などで高級人民服を身に着けることはある。2015年に習近平がイギリスを訪問した際、彼がエリザベス女王(故人)の晩餐(ばんさん)会に人民服姿で出席したことはすくなからずニュースになった。
とはいえ、一般人が人民服を礼服にする光景はあまり見られない。近年は中高年向けのシックなデザインが販売され、ネット上の販売サイトではパイプを片手にかっこよく人民服を着こなすナイスミドルの男性モデルの写真も多く見つかるが、世間で広く普及しているスタイルではないようだ。
いずれにせよ、チャイナドレスも人民服も「中高年が着る服」「限られた人が限られた状況で着る服」というイメージが強い。
だが、ゼロ年代なかばごろから、新たな民族服が台頭しはじめた。漢・唐・宋・明など、往年の漢民族の王朝の宮廷衣装を現代風にアレンジした「漢服」である。なお、唐は実は漢民族の王朝ではなかった可能性があるが、一般の中国人はほとんど意識していない。
漢服はSNS映えするための服
インフルエンサーなどが着用
漢服は「バエる」(SNS映えする)服として若者から支持されており、インフルエンサーが動画配信の際に着たり、趣味のサークルの仲間同士で着用したりする例が多い。
価格は安いもので数百元程度、高級品なら数千元(それぞれ4000円~10万円)ほど。近年になり「作られた伝統」であるためか、日本の和服と比べると安価だ。いまや大都市の街角やフードコートなどで「お出かけ服」がわりに漢服を着る若者を見かけることもめずらしくない。
事実、私が2024年9月5日に埼玉県内で開かれたサッカー・ワールドカップ予選の中国vs日本戦を見に行った際にも、中国大陸から観戦のために来日した新婚の中国人夫婦の奥さんが、明代の服装をモチーフにした漢服姿だった。この格好でスタジアムにも行ってしまうのだ。