
中国の鄧小平、台湾の李登輝、シンガポールのリー・クアンユーなどを輩出したとして、「国際政治や経済を裏側から動かすネットワークを持つ」といったミステリアスなイメージとともに語られる、中国の民族「客家」。しかし、事実を丁寧に見ていくとイメージとはかけ離れた真実が見えてくる。中国の専門家が客家の実態に迫る。※本稿は安田峰俊著、『民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国の実像』(中公新書ラクレ)の一部を抜粋・編集したものです。
歴史を変えた革命家たちは
みな客家をルーツに持つ?
1990年代前半ごろ、客家は日本でちょっとしたブームになった。当時の中華世界のリーダーだった中国の鄧小平、台湾の李登輝、シンガポールのリー・クアンユーがいずれも客家系の出自とされ、注目を集めたからだ。
また、かつて太平天国の乱を起こした洪秀全、辛亥革命の中心となった孫文、人民解放軍の元帥である朱徳などの著名な革命家が、すべて客家であるとする話も有名になった。
こうしたエピソードが人口に膾炙(かいしゃ)した情報の出所のひとつが、1991年に刊行されてベストセラーになった高木桂蔵『客家 中国の内なる異邦人』(講談社現代新書)である。同書で描かれた、国際政治や経済を裏側から動かす「血のネットワーク」を持つミステリアスな民としての客家のイメージは、現在もそれなりに広く知られている
当時から日本に定着した、通俗的な客家のイメージをあらためてまとめておこう。
伝承のうえでは、客家は古代、中華文明発祥の地である黄河流域の中原の民だったとされる。だが、西晋時代に永嘉の乱(311年)から逃れるために南方に向けて移住を開始し、その後も政治混乱や北方異民族の圧迫を避けるなかで、華南の山岳地帯に移り住んだとされる。
ゆえに、客家は古代の中原文化を現代に伝えるめずらしい存在だとされる。彼らが話す客家語も、標準中国語が北方異民族の侵入によって変質したのに対して、古い中国語が化石のように残った言葉だとされる。また、客家は古代の言語を守り抜くことに強いこだわりがあり、たとえ見知らぬ土地でも言葉が通じる仲間を容易に見つけ、ネットワークを築けるとされる。
千数百年前の祖先の故郷を慕い、同胞との団結意識に富み、多数の成功者を輩出して中華圏の政財界をひそかに動かす客家は、「東洋のユダヤ人」さながらだとされる。彼らに政治家や軍人が多いのは、客家がひときわ教育を重視し勤勉で、愛国心が強いからだとされる。