乳幼児期の見捨てられ不安と見捨てられ抑鬱、そして大人の鬱や社会不安障害には、間違いなくつながりがあろうと思います。大人になってからこうした症状が表れる以前の段階には、引きこもりや不登校という問題があったという可能性も高いのです。

子ども時代の不安と抑鬱を
青年期まで持ち越すと……

「見捨てられ不安」を
子どものなかに
残さないように
してあげてください

 アメリカの精神科医ジェームス・マスターソン(1926~2010年)は、パーソナリティ障害の分析・治療で有名な人ですが、専門は思春期、青年期です。彼はマーラーの研究を引き継ぐようにして「見捨てられ不安」「見捨てられ抑鬱」に関わる見解を述べています。こうした不安、抑鬱を思春期、青年期まで持ち越すと、それが境界性人格障害(ボーダーラインパーソナリティ障害)につながっていくという意見です。

 私が境界性人格障害という言葉を初めて聞いたのは、45年以上前、医学部の学生だったころです。当時は「境界例」(ボーダーケース)という言い方をしていましたが、ある授業で、教授が「こういう特別な事例がある」といって講義してくれたのです。

 ただ、教授自身「自分は境界性人格といわれる人にはまだ会ったことがない」と話していたのを覚えています。当時は非常に珍しいケースだったのです。私たち学生は「そんなにマイナーな例なら、試験には出そうもないからあまり勉強しなくてもいいだろう」と言い合っていたくらいでした。

 ところが卒業して精神科医になってみると非常に多い。その後、どんどん増えていった。

 マスターソンは、境界性人格障害と見捨てられ不安、見捨てられ抑鬱の感情の関連を指摘していますが、鬱や社会不安障害、新型鬱といった近年増加している病気と乳幼児期の「不安」にどういった関係があるのかは、まだ詳しくわかりません。次世代の精神科医にはこれをさらに実証的に解明してほしいと思っています。