2020年秋にアメリカで発売されると、たちまちのうちに大ヒットに。世界中で翻訳され、実に600万部を超える大ベストセラーになったのが、『サイコロジー・オブ・マネー』だ。日本では2021年に翻訳刊行され、”一生お金に困らない「富」のマインドセット”というサブタイトルが付けられている。お金との向き合い方についてハッとさせられる、世界が絶賛した20のマインドセットとは?(文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

サイコロジー・オブ・マネーPhoto: Adobe Stock

人は自分の直接的な経験をもとに世界を理解する

 誰しも資産づくりを成功させたいと思っている。

 では、どうすればうまく資産を築けるのか。リスクとはどう向き合えばいいのか。なぜ投資に失敗する人が出てくるのか。投資で本当にやってはいけないことは何か。貯金をしなければいけない理由とは。お金を持つことで、人が本当に求めていることとは……。

 お金に対するさまざまな思いに対して、鋭い示唆を次々に与えてくれるのが本書だ。

 著者のモーガン・ハウセルは、ベンチャーキャピタルでパートナーを務める金融プロフェッショナルである一方、ウォール・ストリート・ジャーナルなどのメディアに記事を寄稿するコラムニストとしても活躍している。

 そんな著者が、お金と人間の関係についての普遍的な教訓をまとめた本書は、世界中で話題になった。

 なるほど、そうだったのか、こう考えるといいのか、という驚きのエピソードが次々に続いていく。

 たとえば、第1章「おかしな人はいない」では、冒頭で著者はこう記す。

これから私が話すことを聞けば、あなたは自分のお金の使い方について気が楽になるかもしれないし、他人のお金の使い方について批判しなくなるかもしれない。
それは、「人はお金を扱うときにおかしなことをする。だが、おかしな人は誰もいない」ということだ。(P.24)

 理解しておかなければいけないことは、人はそれぞれ違うということ。世代も違う。親の収入も違う。価値観も違う。地域、経済圏も違う。働くインセンティブも違うし、運も違う。

 結果として何が起こるのかというと、自分は他人とは違う知識を持ち、違う考え方をしているということだ。自分なりの直接的な経験をもとに、世界の仕組みや成り立ちを理解している。

 これは、お金についても同様なのだ。

投資判断は、生きた時代の経験が大きく影響する

 お金についての考え方は、人それぞれである。お金の扱い方、考え方は、ある人にとっては相当おかしなことでも、別の人にとっては普通なケースもある。

 お金に関する個人的経験は、広く世界で起こることからみれば小さな小さなものに過ぎない。ところが、それは「あなたの考えの8割」を構成していると著者は記す。

だから同じような知的レベルの人でも、投資方法、お金に関する優先事項、リスクへの許容度などについて意見が大きく分かれるのだ。(P.25)

 興味深いデータが紹介されている。2006年、全米経済研究所の経済学者ウルリケ・マルメンディエとステファン・ナーゲルは、アメリカ人のお金の使い方を詳しく調べた「消費者金融調査」の50年分のデータを分析したのだという。

 理論上は、「人々は、それぞれの経済的な目標や投資対象の特徴を加味して投資判断を行うはずだ」と考えられた。それこそ投資を少しでも学んでいれば、教科書的な投資方法が行われたはずだろう。

 しかし、実際にはそうではなかった。思わぬ判断軸を人々は持っていたのだ。

分析の結果、人々の生涯にわたる投資判断は、その人が同時代に経験したこと、特に成人して間もない頃の経験に大きく左右されることが明らかになったのである。
たとえば、インフレ率が高い時代に育った人は、低い時代に育った人に比べて、その後の人生で債券に投資する額が少なかった。同じく、株式市場が好調な時代に育った人は、株価低迷の時代に育った人に比べて、その後の人生で株式に投資する額が多かった。(P.28)

 景気のいい時代に育ったか、そうでないかなど、時代や状況で投資判断が変わっていたのである。個人投資家のリスク許容度は、その人の過去の体験に大きく影響されていたのだ。

 時代だけではない。

たとえば、貧しい家庭で育った人は、裕福な銀行員の家庭で育った人には想像もつかないような方法でリスクと報酬について考える。インフレ率が高い時代に育った人と、物価が安定している時期に育った人もその経験や考えはまったく異なる。1929年の世界大恐慌で全資産を失った株式仲買人と、1990年代後半のITバブルの栄光に浸る技術者を比べてもそうだろう。30年間不況を経験していないオーストラリア人も、アメリカ人とはまったく別の考えを持っている。(P.24-25)

 実は投資判断は、極めて個人的な経験が大きく影響してしまうのだ。これはつまり、そもそもうまくできるものではないということではないか。

誰もがまだお金のゲームに慣れていない

 実際、どうして人は経済的な判断がうまくできないのか。著者は鋭い指摘を投げかける。それは、「人類にとって新しい問題だから」だ。

 お金は昔からあったが、今の人が考えなければならないような「貯蓄」「投資」といった考え方は、まだまだ歴史的にみれば新しいのだ。

老後生活について考えてみよう。2018年末時点でアメリカの個人退職口座には27兆ドルもの大金が預けられている。「老後」は、国民を貯蓄や投資に向かわせる大きな原動力となった。
しかし、「年を取ったら働かずに老後生活を送る権利がある」という概念自体、せいぜい2世代前に生まれたものにすぎない。第二次世界大戦前までは、アメリカ人は基本的に死ぬまで働いていた。それは世の中のしきたりであり、現実だったのだ。1930年代まで、65歳以上の男性の労働参加率は5割を超えていた。(P.35)

「老後に備えなければいけない」という考え方は昔からあったものではない。アメリカで老齢年金の平均額が月1000ドルを超えたのは、1980年代に入ってからだという。

 昔から誰もが個人年金に入っていた、というのも怪しいらしい。1975年時点で、アメリカでは65歳以上の年金収入者は全体の4分の1しかいなかった。しかも、世帯収入に占める年金の割合は15%しかなかった。

 老後生活に備えようという考え方が定着したのは、1980年以降なのだ。それを実現するために、個人が自ら投資を行い、資産を作るべきだと考えられるようになった。

だから、老後のための貯蓄や投資に苦手意識を持つ人が多いのも無理はない。私たちの考え方がおかしいわけではない。私たちはみな、初心者なのだ。(中略)
だからこそ、過去20年間で学資ローンに関して愚かな判断をする人たちがこれほど多かったのだ。何十年にもわたって経験が蓄積されてきたわけではないため、どれくらい借り、どう返済するかを手探りで考えなければならなかった。(P.37-38)

 人々がお金に対しておかしなことをしてしまうのは、誰もがまだゲームに慣れていないからなのだと著者は説く。そして、自分独自の経験に基づいて、その時々に意味があると思われる判断をしているだけなのだ、と。

 そのことに気づけば、やるべきことが見えてくるのではないか。ゲームに慣れること。そして、自分独自の経験に左右されない判断力を身につけることではないか。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『ブランディングという力 パナソニックななぜ認知度をV字回復できたのか』(プレジデント社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。