2020年秋にアメリカで発売されると、たちまちのうちに大ヒットに。世界中で翻訳され、実に600万部を超える大ベストセラーになったのが、『サイコロジー・オブ・マネー』だ。日本では2021年に翻訳刊行され、“一生お金に困らない「富」のマインドセット”というサブタイトルが付けられている。お金との向き合い方についてハッとさせられる、世界が絶賛した20のマインドセットとは?(文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

サイコロジー・オブ・マネーPhoto: Adobe Stock

人生は個人の努力を超えた大きな力に左右される

 誰しも資産づくりを成功させたいと思っている。

 では、どうすればうまく資産を築けるのか。リスクとはどう向き合えばいいのか。なぜ投資に失敗する人が出てくるのか。投資で本当にやってはいけないことは何か。貯金をしなければいけない理由とは。お金を持つことで、人が本当に求めていることとは……。

 お金に対するさまざまな思いに対して、鋭い示唆を次々に与えてくれるのが本書だ。

 著者のモーガン・ハウセルは、ベンチャーキャピタルでパートナーを務める金融プロフェッショナルである一方、ウォール・ストリート・ジャーナルなどのメディアに記事を寄稿するコラムニストとしても活躍している。

 そんな著者が、お金と人間の関係についての普遍的な教訓をまとめた本書は、世界中で話題になった。

 なるほど、そうだったのか、こう考えるといいのか、という驚きのエピソードが次々に続いていく。

 たとえば、第2章の「運とリスク」は、こんな話から始まる。

運とリスクはきょうだいだ。どちらも、「人生は個人の努力を超えた大きな力に左右される」という現実を示している。
ニューヨーク大学教授のスコット・ギャロウェイは、私たちが(自分自身を含めた)人の成功を判断するときに思い出すべき重要な考えについてこう述べている。
「何事も、見かけほど良くも悪くもない」(P.40)

 運を考えるとき、人はいつもポジティブな運をイメージする。しかし、運には残念な運もある。そこには、なかなかフォーカスを当てない。

 実は生きているだけで、人は運とリスクの両方にさらされていることに、なかなか気づけないものなのかもしれない。しかし、そのことに気づけば、リスクの捉え方も変わってくるのではないか。

ビル・ゲイツとコンピュータの出会い

 マイクロソフトの創業者にしてアメリカ有数の資産家であるビル・ゲイツを知らない人はいないだろう。

 ゲイツがマイクロソフトを創業するために必要だったコンピュータとの出会いは、実はハイスクールがきっかけだった。生徒が自由に使えるコンピュータがあったのだ。これは当時、世界的に見ても珍しいことだったという。

 その学校、レイクサイド・スクールで1968年、13歳のゲイツはマイクロソフトの共同創業者のポール・アレンと出会い、すぐに意気投合した。

国連の資料によれば、1968年、ハイスクールに通っていた生徒は全世界に約3億300万人いた。そのうち、米国に住んでいたのは約1800万人。ワシントン州に住んでいたのは約27万人。シアトル周辺に住んでいたのは10万人強。レイクサイド・スクールに通っていたのは、そのうちわずか約300人。3億300万人のうちの300人。およそ100万分の1の確率だ。(P.42)

 コンピュータを導入できるだけの資金と先見性を備えたハイスクールに通っていたのは、全世界の高校生のうち100万人に1人しかいなかったのである。ビル・ゲイツは、たまたまそのうちの1人だったのだ。

 実際にゲイツは、この幸運を素直に認めているという。2005年に同校の卒業式のスピーチでこう語っている。

「もし、レイクサイド・スクールにコンピューターが導入されなかったら、マイクロソフトはこの世に存在していなかったでしょう」

 ゲイツはもちろん才能があった。しかし、それ以上に100万分の1の運に恵まれたのだ。

 実はここで、もう一人の高校の同級生が登場する。ゲイツの友人、ケント・エバンスだ。当時、レイクサイド・スクールにはゲイツ、アレンに加えてコンピュータの天才児がもう一人いた。それがエバンスだった。

 ゲイツとエバンスは親友になった。エバンスにはビジネスマインドと野心があった。いずれは一緒に何かをやるだろうとゲイツは想像していた。

エバンスは、ゲイツやアレンとともにマイクロソフトの共同創業者になっていたかもしれない。しかし、それは実現しなかった。エバンスはハイスクールを卒業する前に登山中の事故で亡くなったのだ。(P.45)

 ハイスクール在学中に山岳事故で命を落とす確率は、およそ100万分の1だという。ビル・ゲイツは100万分の1の確率の幸運に恵まれた。ケント・エバンスは100万分の1のリスクが現実のものになった。偶然の力は、同じ大きさで逆方向に働いたのだ。

運はどちらにも転ぶ。いつやってくるかわからない

「人生は個人の努力を超えた大きな力に左右される」という現実が、ここから見えてくる。運とリスクの本質は似ている。どちらか一方の力を信じるには、もう片方も同じように尊重しなければならない。

 運とリスクは、間違いなく存在している。裏表の関係として存在している。リスクを恐れるとは、つまり、運を恐れるということではないか。リスクから逃げるとは、つまり、運から逃げるということではないか。

“世の中には運とリスクが大きな影響を及ぼしている”と十分に理解したとき、私たちは気づくはずだ。自分を含む誰かの経済的な成功や失敗は、見かけほど良いものでも悪いものでもないということに。(P.46)

 ノーベル経済学賞を受賞した経済学者のロバート・シラーに、「投資には答えのない問いがいくつもあります。もし、そのなかから1つだけ答えを知り得るとしたら、どの問いを選びますか」と著者は尋ねたことがあるという。戻ってきた答えは、これだった。

「成功における運の正確な役割」

 人は経済的な成功に運がまったく影響していないとは考えていない。しかし、運を具体的な数値に表すのは難しい。

 成功を運によるものだと言うのも憚られる。だから、成功をもたらした原因の一部が運であるという事実を見て見ぬふりをする。

成功と同じように、「失敗」も誤解されている。破産したときも、目標を達成できないときも、運以外の何かが原因だと考えられがちだ。
会社が倒産したのは、努力が不足していたから? 投資が失敗したのは、十分に考えていなかったから? 仕事がうまくいかなかったのは、怠けていたから? もちろん、それが当てはまる場合はある。
だが、それが当てはまるのはどの程度だろうか?(P.48)

 わからないのだ。投資にうまくいくのも、うまくいかないのも、コインの裏表に過ぎない。どちらに転んだかは、偶然による要素が大きいのだ。だから、気づく必要がある。

失敗にうまく対処するコツは、1度や2度、投資に失敗したり、経済的な目標を達成できなかったりしたとしても、自信を失わないようにすることだ。必ずいつかは偶然が自分にとって良い方向に働くときが来ると信じながら、プレイし続けるのだ。(P.57)

 運はどちらにも転ぶ。そして、それはいつやってくるかわからない。そして資産づくりにおいては、アクションを起こさなければ、幸運が訪れることはない。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『ブランディングという力 パナソニックななぜ認知度をV字回復できたのか』(プレジデント社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。