山口百恵、松田聖子、中森明菜…激動の昭和を駆け抜けた不滅のヒット曲、一挙に解説!写真はイメージです Photo:PIXTA

人気絶頂で惜しまれつつ引退した伝説のスター山口百恵。後に続けと新人デビューが相次ぎアイドル全盛期を迎える。その後のバブル景気の中、戦後芸能史を牽引したスターらがこの世を去り昭和も終わろうとしていた。※本稿は、合田道人『歌は世につれ♪流行歌で振り返る昭和100年』(笠間書院)の一部を抜粋・編集したものです。

1980年(昭和55年)
“ポスト百恵”レースは聖子の圧勝

「ルービックキューブ」が大流行、ぐるぐる回すあのオモチャ、あと1目がそろわず、頑張る姿がよく見受けられた。10月21日にジャイアンツの長嶋茂雄監督が突然解任されると、11月4日には王貞治選手が現役引退。

 そして引退といえば「伝説の歌姫」、山口百恵が結婚のため、日本武道館のファイナルコンサートでマイクを置いた。百恵引退に伴って「ポスト百恵」としての女性アイドルたちが続々と登場。

 百恵と同じレコード会社のCBSソニーからは、松田聖子が『裸足の季節』で百恵引退半年前にデビュー。百恵のデビュー曲『としごろ』と同じように、デビュー曲よりも2作目からブレイク。第2弾の『青い珊瑚礁』、続く『風は秋色』でいきなりトップアイドルの座に君臨することになる。

 百恵のある意味“陰”のイメージを持って浜田朱里もCBSソニーから、百恵の所属プロダクションだったホリプロからは、その曲名も『スタア』で甲斐智枝美がデビューを飾ったが、結局は聖子の圧勝。