井上前会長の在任期間中
売上高12倍・利益300倍に

 そして創業70周年を迎えた1994年、井上氏が4代目社長に就任。そこから、「世界のダイキン」に向けての飛躍期がスタートする。50社、総額1兆円に上るM&Aをテコに、空調世界トップの座に駆け上がっていった。2024年6月、井上氏が代表取締役会長を退くまでの30年間に、売上高を12倍、利益は300倍近くに増やした。

 以上、ダイキンの100年を早回しで振り返ってみた。それは山田晁氏、山田稔氏、井上礼之氏という3代のトップの下での、「守破離」の歴史であったことが見て取れる。さらにつぶさに見ていくと、それぞれのフェーズにおいても、言わばミニ守破離のリズムが織り込まれている。

 たとえば井上氏は、社長に就任するまでの20年間、人事部長として山田稔社長のかたわらで仕事をしてきた。そこで「縁あって同じ釜の飯を食う仲間」を大切にするという思いを稔社長時代から受け継ぎ、「守」り抜いてきた。そのうえで、M&Aを武器にグローバル企業に「脱」していく。すなわち遠心力を利かせていったフェーズである。さらにグローバルに広がった拠点を、独自のパーパスと人基軸の経営を通じてつないでいく。「異質のインクルージョン」に向けた「離」のフェーズといえよう。

 ダイキン流経営の真骨頂は、この「パーパスの実践」と「人基軸の経営」にある。以下、それぞれをより掘り下げてみたい。

 ダイキンは、「空気で答えを出す会社」というパーパスを掲げる。筆者は常々、パーパス(志)には、「ワクワク」「ならでは」「できる」の3つが必要だと唱えている。ダイキンのパーパスは、この3つの必要条件を見事に満たしている。

 通常、空気と言えばタダで手に入り、その価値に気づかない。しかし、きれいな空気が当たり前ではない国もあり、温暖化の進展とともに世界中で、快適な空気がますます手に入りにくくなっている。

 ダイキンは生きるうえで不可欠な空気に光を当て、その価値を再発見し続けている。とても「ワクワク」する志であり、そのうえいかにもダイキン「ならでは」が感じられる。ここまで空気にこだわり続けている企業は、世界中探してもまずほかにない。だからこそ、社員も空気で新しい価値をつくり出すことに、全身全霊で取り組む。自分たちなら、空気で答えを出すことが「できる」と確信している。

 ダイキンの社員が、空気が出せる答えは無限にあると信じていることは、同社のホームページなどからも十分にうかがえる。多くの企業は崇高な志をパーパスとして掲げるものの、それを組織に実装できていない。ダイキン「ならでは」のパーパスを、世界中の社員一人ひとりが「自分ごと」化し、実践していくところに、ダイキンのパーパス経営の真価がある。