
京都先端科学大学教授/一橋ビジネススクール客員教授の名和高司氏が、このたび『シン日本流経営』(ダイヤモンド社)を上梓した。日本企業が自社の強みを「再編集」し、22世紀まで必要とされる企業に「進化」する方法を説いた渾身の書である。本記事では、その内容を一部抜粋・編集してお届けする。名和教授はアカデミアに転じる前、マッキンゼー・アンド・カンパニーにディレクターとして約20年間勤務した実績を持つ。名和教授の入社当時、同社で活躍していたのが、日本を代表する経営コンサルタントの大前研一氏だ。大前氏が語っていた「仕事ができる人になるための考え方」とは?
ビジネスパーソンを進化させる
千利休が説いた「守破離」のリズム
今回は、まず守破離という進化のリズムについて考えてみたい。
守破離は、芸道や武道における修行のプロセスを指す言葉だ。「守」は師の教えを忠実に守ることで、基本を学ぶ段階。「破」は自分で考え工夫することで、自立の段階。そして「離」は独自の新しい世界を確立することで、創造の段階を指す。
そもそもは、千利休が書き残した和歌集『利休百首』に出てくる言葉として知られている。茶の湯においてのみならず、半人前から一人前、そして達人となっていく成長のプロセスを示したものである。日本人であれば、どこかで聞いたことがある「日本流」の元型と言っていいだろう。
もちろんこの3つのリズムを実践すれば、誰でも必ず成長するわけではない。あまり知られていないが千利休はこの百首の中で、次の一首も詠んでいる。
上手にはすきと器用と功績むとこの三つそろふ人ぞ能くしる
上達するためには、3つの要素が必要だと言っている。「すき」すなわち意欲(Will)、「器用」すなわち基本的な能力(Skill)、そして「功積む」すなわち努力(Effort)の3つである。大谷翔平選手であろうと、藤井聡太棋士であろうと、フツーの人間であろうと、この3つが成長の必要条件となる。
そのうえで守破離というリズムを実践する。その際には、まず「守」、つまり「型」を身につけることから始めなければならない。そのうえで「破」、つまり「型」を破らなければならない。この2つは学習(Learning)と脱学習(Unlearning)のプロセスとして、海外においてもよく知られている。
では、「離」はどうすればいいか。これこそ「イノベーション」、すなわち新機軸を生み出すプロセスである。ただしそこには、定義上「型」は存在しない。とはいえ、やみくもに新しいことを試してみても成功はおぼつかない。日本流の「離」の奥義を、しっかりと見極める必要がありそうだ。
さらにもう一つ、大きなチャレンジがある。「本(もと)を忘るな」という戒めである。基「本」を破り、基「本」から離れても、基「本」を忘れてはならないと言うのはなぜか。どうすれば、そのような矛盾したことが実現できるのか。
「本」すなわち伝統から、「離」すなわち革新が生まれる。逆に言えば、伝統を大切にしない限り、革新は生まれようがない。禅問答のように聞こえるだろうか。
ここからは、日本人が稽古事などを通じて、当たり前のように身につけている守破離のリズムをめぐる本質について、論じることとしよう。

京都先端科学大学 教授|一橋ビジネススクール 客員教授
名和高司 氏
東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカー・スカラー授与)。三菱商事を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事。2010年より一橋ビジネススクール客員教授、2021年より京都先端科学大学教授。ファーストリテイリング、味の素、デンソー、SOMPOホールディングスなどの社外取締役、および朝日新聞社の社外監査役を歴任。企業および経営者のシニアアドバイザーも務める。