デザインだけではない。商品を開発するのに、彼はマーケットリサーチに頼らず、顧客の本質的な欲求を「エンパシー」(共感、感情移入、人の気持ちを思いやること)をもって感じ取る。人が「欲しかった」ものではなく、人がまだ、「必要だったと知らなかったもの」を創ることを目指した。
まさに、直感をもって未来を創る人だったのだ。彼の大事にする「シンプリシティ」「エンパシー」「マインドフルネス」は、坐禅を通じて極められていったことがよく知られている。「自分も瞑想すれば、スティーブ・ジョブズの得た何かを得られるのではないか」と思うのは自然な成り行きだ。
少しだけ補記しておこう。坐禅は数ある瞑想の方法のうちのひとつの方法で、仏教の禅宗が行なう修行法だ。本来、何かを得られるかも、という期待などせず、無心に何も求めずただひたすらに坐ることに意味がある。
直感を信じた男が
最期に遺した1冊
ジョブズの追葬式では、木の箱に入った1冊の本が参列者に送られた。パラマハンサ・ヨガナンダの著書『あるヨギの自叙伝』(森北出版)は、彼自身のiPadに唯一ダウンロードされていた本だったと言われる。
ヨガナンダは、西洋におけるヨガの開拓者だ。多くの人を覚醒させるために、セルフリアリゼーション・フェローシップを設立し、普遍的な真実に基づく「深淵な知恵」をアメリカに広めた。ヨガの心理を科学的な視点から伝えて、多くの人に大きな影響を与えた20世紀の偉大なヨギ(ヨガの実践者)である。
ジョブズは「自分の内面を見つめ、自分自身を知ることこそ、人生で最も有益だった」と語っていた。そして仕事において「『直感』が『知性』よりも役に立った」とも口にした。
この本の贈り物に込められた、最後のメッセージは“Actualize Yourself(あなた自身を現実化、実現化しなさい)”。いったい、どういう意味なのだろうか。
ジョブズの真意を説明するために、あまりにも有名な心理学の理論を引用しよう。
実はピラミッドじゃない?
マズローの欲求5段階の真実
Self Actualization(セルフ・アクチュアリゼーション)すなわち「自己実現」という概念は、心理学者アブラハム・マズローによって紹介され、その言葉のまま現在も広められている。自己の可能性と潜在能力を、最大限に活かす過程をいう。