5%のヘンな人を避ければ、人生の幸福度は劇的に上がる
橘 それも、ほとんどの人はちゃんとしてるけど、ごく少数、困った人がいるという話ですよね。私は、「どうすれば幸福になれますか?」って聞かれると、「5%のヘンな人を避けなさい。それだけで人生の幸福度は劇的に上がります」と答えています。会社でも、100人のうち5人くらいは近づかないほうがいい人がいて、そういう人が上司や同僚、部下になるとひどい目に合う。
日本でも海外でも、収入にかかわらず自営業者の満足度が高いことがわかっていますが、その大きな理由は人間関係を選択できることだと思うんです。「好きな人としか仕事をしない」などというぜいたくはできませんが、イヤは人、苦手な人に対しては、「今忙しいから、次の機会に」と断れますから。これがもっとも確実に幸福度を上げる方法ですが、政治家はそういうわけにはいかないですよね。
山田 今のを聞いてショックだな。政治家は一生幸福になれないですよね。やっぱり僕らはヘンな人なんて、絶対言っちゃいけないわけですよ。民主主義ですから、どんな意見もある。それをていねいに無視せず、きちっと承るということは、スタンスとして崩したら成り立たない商売だから。
橘 私はそんなに政治に興味があるわけではなく、政治家の知り合いもあまりいないのですが、それでもよくやってるなと感心します。すくなくとも自分では、こんな大変な仕事をやろうなんて絶対に思わない。みんな政治家を好き勝手に叩いてますが、もうちょっと評価してあげてもいいんじゃないかと思います。この仕事を引き受ける人がいないと、社会は回っていかないわけですから。
「きれいごとを言っていたら、きれいな社会ができる」というのは間違い
山田 橘さんの本はもう何冊も読ませていただいていますが、その中でおもしろいと思うのは、外では言っちゃいけないんだけど、実はちょっとそう思ってたんだよねっていうところがあるんですよ。そこですよね、くすぐるのは。遺伝の話とかそうですよ。政治家はそういう話、絶対タブーですから。
橘 最近、ようやく言われるようになりましたけど、遺伝の現実を否定して空理空論を振り回したところで、社会的な課題はなにひとつ解決できません。そもそも、なぜ世の中に成功した人と成功できない人がいるのかを説明できない。遺伝的な差がなくみんな平等なら、経済格差は社会制度が間違っているからだということになりますが、アメリカではそうやって半世紀以上もマイノリティへの優遇政策(アファーマティブアクション)をやってきて、かえって人種間の経済格差は拡大している。こうして保守派とリベラルがイデオロギー的に対立して、どうにもならなくなってしまったわけです。
それがこの数年で、人間の遺伝子(ゲノム)を高精度で解析できるようになって、エビデンスが揃ってきたことで、リベラルな遺伝学者もようやく遺伝の影響について語れるようになった。遺伝学者のキャスリン・ペイジ・ハーデンは『遺伝と平等 人生の成り行きは変えられる』(青木薫訳/新潮社)で、遺伝の影響をいっさい認めないリベラルを「ゲノムブラインド」と呼んで、これでは現実の問題は解決できないばかりか、「遺伝的な弱者」をさらに困難な状況に追いやることになると強く批判しています。
山田 でもね、なかなか政治はそこまで踏み込めないですよね。やっぱり最後は我々は投票とかを背負って、カンファダブルなものを見せているから、本質的な議論にどこまで迫れるのか。すごく難しいと思います。
遺伝の問題は避けて通れないときに、がんばれない子はどうすればいいのか?
山田 それで、慎重に議論しなきゃいけないんだけれど、でも、子ども政策の中でも最近、すごく議論が始まっているのは発達特性の問題。先天的なもの、後天的なものを含めて、やっぱり小さい時から診断を受けて、どう対処していけばいいのかということを科学的にやらなきゃいけないと。
橘 でもそうなると、必ず遺伝の問題が出てきてしまう。もちろん環境の影響もありますが、知能の遺伝率は7~8割、パーソナリティも5割くらいは遺伝で説明できます。さらに、これまでは「遺伝が半分、環境が半分」と言われていましたが、最近の遺伝学では「環境も遺伝する」という話になっている。最初に個人ごとの遺伝的特性があって、その得意不得意や好き嫌いで自分の環境を構築していくわけだから、5割の環境が遺伝とまったく無関係というわけではない。「人生の出来事のあらゆるところに遺伝の長い影が伸びている」というのが、遺伝学者の共通理解になっています。
ベストセラーになった宮口幸治さんの『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)は境界知能の若者の話でしたが、続編の『どうしても頑張れない人たち ケーキの切れない非行少年たち2』(同)はパーソナリティの問題で、生得的に頑張れない、努力できない若者がテーマです。これは重い問いですよね。
山田 そういったところに関しても、遺伝も含めたまさに境界知能とか、発達特性の問題と認識することによって対処できるんですよね。それを無視してしまったら、なぜうちの子は他の子と同じようにできないんだろう、しつけの問題なんだろうかと親は一生、苦しみ続けてしまいます。
橘 子どもは純粋だというのが前提になると、必然的に悪いのは親になってしまいます。そのなかでも、父親は働いててお金を稼いでるからと免責され、すべて母親の責任にされてしまう。これはものすごく理不尽で、そんな大変なら子どもなんか作らないとなるのは当然です。
「子どもの問題は、すべて親の子育てのせいのか?」というのは、現代社会では問うことすら許されないセンシティブな問題ですが、すくなくともアメリカで行なわれた研究を見ると、最初は同じようにきょうだいを育てていても、途中から子どもへの扱いが変わってくる。その理由は、手のかからない子どもと、育てにくい子どもがいるから。子どものパーソナリティによって、親の扱いが変わるわけです。でもこの話を続けると、「毒親に苦しめられたのも自分のせいだというのか」という話になるので、このくらいやめておきますが……。
山田 子育てについては、昔は教育っていう世界しかなかったんですね。福祉が入ってきてサポートするというのはあるんだけど、もう1つ、そこに医療が入ってきて、医療というのはもうエビデンスに基づくものですよね。そうなった時に、まさに、政治から見ても都合が悪い、国民から見ても超カンファタブルじゃないものについても、取り扱いながら対処していかないと、もううまくいかない。
橘 政治家は現実の問題に対処しなければならないので大変ですよね。私はいわば無責任な立場なので、「ウソを前提に良い社会を作ろうと思ってもうまくいくわけがない」とシンプルに言うことができる。本気でよりよい社会を作ろうと思ったら、事実に基づいた議論をしないとダメだと思うんですよね。虚構とかウソを前提にした議論は、地球が中心にあって、太陽がそのまわりを回っているという天動説を「真理」として、一生懸命、物理法則を考えるのと同じです。たとえ目を背けたくなるようなものであっても、人間性の現実に基づいて、今の社会で底辺に落ちていくような人たちをどうやって救えばいいのかを議論しないと、もう限界だと思います。
失われた30年などと言われるが、海外と比べれば、日本は結構いい社会
山田 その時ね、ミクロとマクロの話があると僕、思ってるんですけど、ミクロの世界に行けば行くほど辛いんですよ。カンファタブルじゃない。小さく分けていけば大問題だらけ。
だけど、マクロ的に見たら、結構うまくいってるんじゃないのか。政治って結構、そういうところがあって。個別の課題を言ったら、いろいろな問題があって大変ですよ。だけど、日本って、そんなにひどい社会なのかなと。そんなに自虐的に思うほどなんだろうかと。
橘 海外を旅行すれば、日本はなんていい国だと思いますよね。
山田 そうそう、生活保護もいろいろ議論があるけれど…。ミクロで言ったらこの制度で大丈夫か、こういうのができてないだとか、軽自動車も持てないのとか。まあ、制度上はいろいろありますよ。だけど、大枠で言ったら、底が抜けて路頭に迷うっていうことはない。こういう制度があるのは世界の中でも日本だけですし。
国民皆保険制度だってそうですよ、アメリカ行ったら、とんでもないと。アメリカのある公立病院行ったら、結構、臓器移植が進んでるんですって。へ~、不思議と思ったら、いや、もう医療を受けられないで死ぬのを待つ子がいるからだというんです。北欧なんか、すべてかかりつけ医師経由だから、救急車も事実上呼べなくて死んじゃったなんてケースはゴマンとあるそうです。一方、我が国ではそんなことは絶対にない。議論はあるけれど、どんな人でも、基本的には専門病院に直接アクセスすることができる。
日本は、経済がダメだとか、失われた30年とか、それは問題っぽいですが、まだGDPで言ったら世界4位。中国などには抜かれたとはいえ、別に全体的に貧困ということはない。マクロとミクロをちゃんと見た上で、おおむねうまくいってるっていうところも、もうちょっと評価していいんじゃないかと思うんです。

橘 日本は治安がいいし、ご飯も美味しいし、お店のサービスも丁寧だし、電車もちゃんと時間どおりに来る。若い女性が夜1人で出歩けるような国はほとんどないですからね。それなのになぜこんなにみんな怒ってるんだろうと、不思議に思うこともあります。
ただ、価値観の変化はアメリカの東と西、ヨーロッパの北を起点として、アングロスフィア(英語圏)から先進諸国、新興国へと拡大していく。日本は世界の先端から半周から1周遅れていますが、いまアメリカやヨーロッパで起きている問題はいずれ日本にもやってくる。そうなると、日本ももっとギスギスした社会になってくるということは、覚悟しておかなきゃいけないかなと思います。