A課長は言葉を詰まらせた。Cは業績から見れば優秀な営業マンだったし、メンバー同士のコミュニケーションも良好だった。しかし今年2月、過去2年間にわたり出張費合計100万円を過大申告し、受け取っていたことが経理課の調査で発覚。報告を受けたD部長が本人に問いただしたところ事実を認め、翌日過大受給分を全額会社に返金した。この件は本来なら懲戒解雇の対象だったが、これまでの貢献を考慮した会社側はCに自己都合で退職することを促し、本人も応じた。

 社内の評価が高かったのは確かだが、退職理由まで話していいものか……。余計なことを話して、Cの転職に支障が出ては困る。判断に困ったA課長は、「Cさんに関するご質問に対しては人事担当と相談し、改めてこちらから連絡させて頂きます」と答え、Bは了承した。

退職理由を話していいものか?しかし前職の会社に問い合わせたいのはわかる

 その後A課長は、すぐにD部長を訪ねた。

「D部長、ちょっとよろしいですか?」
「どうした」
「今、乙社の人事部から電話があって、C君が採用試験を受けたとのことで勤務状況やウチを辞めた理由まで聞いてきました。どこまで話していいのやら……」
「C君か……。もし退職理由まで話したら、再就職に差し障りが出るだろうね」
「かといって話さないのも、乙社への誠実さに欠ける気がします。返事はひとまず保留にしていますが、どうしましょう?」
「実は来月、総務課で経験者を一人採用する予定でね。主任待遇で迎えるため、前職の会社に経歴や勤務態度について問い合わせをしたい。C君の件も含めて、E社労士に相談してみよう。乙社への返事はそのあとで私からしておくよ」

 翌日の午後、D部長は甲社を訪れたE社労士に頭を下げた。

「定期訪問は来週ですよね。予定を早めてもらってすみません。至急、相談したいことがあったので……」
「いいですよ。どんなお話ですか?」

 D部長はCの件と、総務社員の新規採用に関する前職調査について詳細に説明した。

 話を聞き終えたE社労士は、「わかりました。では乙社への対応の件から考えましょう」と言った。