「それ以外の『なんちゃって被害者』たちよ。おまえたちは随分居心地のいい浴槽を見つけたじゃねえか。炎上風呂の湯加減はどうだ?」

「ひょっとして自分のこと正しいと思ってる?ユーチューブと箇条書きニュースで博覧強記になったとでも?わかりやすさこそ神?大バカ者め」

「よく聞け匿名性で武装した卑怯者ども。先入観の霧の中でよく見えない、現代社会の差別が何なのか教えてやる。お前たちが大嫌いな『有名性』だ」

「逆立ちしても知りあえない芸能人たちには歯石だらけの牙を剥くよなぁ?」

「大バカ者め。すぐ忘れるショート動画観て暇潰すんだったら裁判所に行って傍聴でもしてこい」

無邪気さは刃になる
自らを正当化して正義を失う

「枯葉」の攻撃は、SNSの誹謗中傷投稿者だけでなく、週刊誌記者にも向かいます。たとえば、「後ろめたさを知らない人間は、その無邪気さが刃になることを知らない。後ろめたさから逃れたい人間は、自らを正当化することで正義を失うことに気づかない」。これは、肝に命じるべき言葉でした。

 さて、「枯葉」の行動は猛反発をも喰らいます。「枯葉」に対して、個人情報を公表された人物の1人が刑事告訴をしたのです。個人情報を公開され被害を受けたという理由なので、確かに当然といえば当然の告訴です。しかも、告訴は民事ではなく刑事。つまり損害賠償ではなく、実刑を求めるという報復作戦でした。

 この展開に、「枯葉」はどう対応したのか。実は「枯葉」の正体は、前述した2人の「抹殺された芸能人」の知り合いでした。「枯葉」は裁判を受けて立つと宣言。情状酌量の材料になる和解金の提案も拒否。やったことに対する公益性も否定(週刊誌は芸能人スキャンダルにも公益性があるとしていますが、彼はそれを認めません。つまり、自分は私人を相手に公開したので、これには正当性はなく犯罪であると、自ら主張したのです)。

 あろうことか、自分を懲役にしろという裁判闘争が繰り広げられます。彼はなぜか若い、民事裁判しか経験のない女性弁護士を弁護人として指名し、83人の人生を調べていくことになりますが、この中味まで書くとネタバレになってしまうので、この部分は省きます。

 私が作家の着想に感銘したのは、「枯葉」が「自分は有罪である」と実刑判決を覚悟して言論闘争をしかけたことです。もしも実際にこんなヒーローが出てきたら、不倫報道にとっても中傷SNSにとっても、相当な歯止めになるかもしれません。