「おれの時代とだいぶ変わったな」

――さまざまな取り組みをされていたのですね。

中谷:そういうことになります。1on1がなかなかうまくいっていないという後ろめたさはありましたが、他の2つが比較的上手く回っていたので、対話の習慣はできていったんです。

 かつての弊社ではリーダーがメンバーの話を聴くというカルチャーはありませんでした。でも、社員はアイデアを持っているし、やりたいことも明確にある。だから、社員の話を聴くというのは、会社にとって非常に大きなプラスであるということを体験的に理解したのです。

 取り組みが始まった頃、当時の会長(現相談役)がある用件で札幌支店に立ち寄ったことがありました。その時に、支店の会議があって、端っこの椅子に座って会議を眺めていたそうです。そうしたら、みんなで熱く議論している。「おれの時代とだいぶ変わったな」って言って出てったらしいんですよね。

 当初は「こんなことやって業績になんの影響があるのか」というようなところがあったんですけど、自分の目で社員の姿を見て、初めてこのプログラムの価値を認めてくれたのかなと感じました。

 1on1が浸透する素地はできていたと思うんですが、一方でリーダーサイドがメンバーからのメッセージをうまくキャッチできていないところがありました。たとえば、メンバーの言わんとすることを勝手に予測して、自分の価値観の範囲でしか聞いていない。だから1on1が成立していない。そこで「聴く力」をもっと育てなきゃいけないと思いました。

――「聴く力」ですか。

中谷:自動車業界はレッドオーシャンです。同じような機械が同じような金額でどこかで買えるわけです。それをあえて当社から買うという選択をしていただく時に、「人」の重要性は極めて高い。だから、全社員の「聴く力」を高めることは市場における競争優位性を高めることになると思いました。

 そこで、アクティブリスニングの研修をオンラインで始めました。毎週金曜日の午前中、5週間にわたって、リーダー層にアクティブリスニングを学び直してもらったんです。慶應MCCで知り合った本間浩輔さんにも、シャドーコーチングの導入など、多面的にサポートしていただきましたね。

役員の意識が変わっていく

――シャドーコーチングというのは、『増補改訂版 ヤフーの1on1』(著:本間浩輔)でも紹介されている、ほかの人の姿を見て学ぶ、というものですね。

中谷:はい。全国のリーダー、100人を3チームに分けてそれぞれ5週連続で5回ずつ実施しました。シャドーコーチングがベースですが、本間さんによる講義のパートに、聴く力の情報を入れてもらったりですとか、質問せずに人の話を聴き続けるっていう演習を取り入れるなど、「聴く」ということにフォーカスしたプログラムにしていただきました。

 また、社外の1on1勉強会に参加している方々と対話してる時に気が付いたのですが、リーダーに対する情報提供が多い反面、メンバーに対する情報提供って少ないんですね。そこで、1on1でリーダーの役割を体感してもらう方がいいと思って、「1on1ミーティングカンファレンス」という取り組みを実施しました。

 全国400人の社員を、14チームに分けて、そこでシャドーコーチングを行うんです。福岡の支店長に対して、札幌の新入社員がコーチ役で1on1をやるとか、そういう演習です。これが効いて、全社員の1on1への理解度が高まっていきました。

 でも、翌年以降、別の組織開発プログラムにエネルギーを割いていたら、1on1の実施率は下がっていきました。これはまずいとも思ったのですが、同時に、もしかしたらこんなもんでいいのかなとも思いました。

 悩んでましたね、この時は。いろいろやってきて、対話の場はそれなりにあるので、私自身が「1on1にこだわらなくてもいいかな」と思ったこともありました。

 でも、年に一度の役員合宿の話し合いの中で、私以外の多くの役員が「あらためて1on1を全社でしっかり取り組んだ方が良いのではないか」、という声があがりました。これは意外な反応でした。

――役員の方々の反応が変わった、ということですか?

中谷:やっぱり10年かけて会社が変わったという実感が、役員の中にもあるのだと思います。

小坂人事グループ長(以下、小坂):私たちの熱量もあったのかもしれないですけど、1on1に関心を持つ他社の方々が、オンライン研修やシャドーコーチングなどに注目して、見学を申し出てくださるなど、外からも注目をされるようになってきたことも影響したかもしれませんね。