自動車検査機器メーカーの安全自動車株式会社(以下、安全自動車)は、2010年頃から「働きがいのある職場づくり」を目指し、社内の風土改革を進めてきた。その中でリーダーとメンバーが一対一で対話を行う「1on1ミーティング(以下1on1)」に着目し、社内での浸透を図っている。今では、同じ課題意識を持つ大企業からの問い合わせや見学も相次ぐが、その道のりは平坦ではなかった。本稿では、風土改革の先頭に立つ副社長の中谷象平氏、総務部人事グループ長の小坂恵氏、同係長の鈴木規子氏に、安全自動車の風土改革の歩みについて話を聞いた。(取材・文 間杉俊彦 企画:ダイヤモンド社書籍編集局)

「もうこれ、やめませんか」…挫折しかけた社内改革を変えた安全自動車副社長の覚悟とは?Photo: Adobe Stock

社員から集まった
1000を超える要望

――そもそも社内風土改革をスタートしたきっかけを教えてください。

中谷象平副社長(以下、中谷):きっかけはリーマンショックです。事業の一つに自動車メーカー向けのテスター(検査機器)を販売しているのですが、その事業の大部分がストップしてしまったんです。

 現場の社員たちを不安にさせてはいけないと思ったものの、私自身取締役になって10年経っていて、正直に申し上げると現場の課題感や不安などの肌感覚はもうなくなっていました。そこで、当時社員数は320人ぐらいでしたが、「私が全員と会って話を聴こう」、と決めたのが始まりでした。

 幹部社員によるヒアリングは初めての試みですから、最初は社員たちが話しにくいのではないか、と心配していました。でも、いざ始まると、みんな真剣に自分の想いを話してくれました。「自分はこう思う」とか「こうすればもっとよくなるんじゃないか」と積極的に意見をぶつけてくれたのです。

 全員と話すのに丸1年かかり、出てきたアイデアは全部で1000を超えました。社員の話を聴くうちに、「これは直属のリーダーが聴くべきなのではないか」と感じるようになりました。

 ほとんど勢いで始めてしまったこのヒアリングですが、社員の方々が真剣に話してくれたおかげで、「やってよかった」で終わらせるわけにもいかないという責任感が芽生えました。それでこのヒアリングを2年に1回継続して実施する、と決めたのです。

 初めてヒアリングをした翌年はみなさんからいただいた意見に対応していくことにして、その次の年にまたヒアリング実施しました。現場のマネジャーがメンバーの声に耳を傾けられる仕組みを模索する中で、慶應丸の内シティキャンパス(以下、慶應MCC)で本間浩輔さんと出会い、ヤフー社での取り組みについてお話を伺いました。それが1on1との出会いです。

――そこから一直線に社内風土改革や1on1が進んでいったのですか?

中谷:いえ、まったくそうではありませんでした。1on1については、当時のヤフーにも行っていろいろ話を聞かせてもらって、2015年からトライアルを始めました。

 風土改革の取り組みもいろいろと始めていたのですが、その一環で「より良く会議」という会議をスタートしました。これは、全国にある支店で、各拠点のリーダーに集まってもらい「この支店を最高の職場にするためにはどうすれば良いか」ということ対話を通して考えてもらうセッションです。

 そこでも1on1の重要性を説明し、その上で外部講師の方に来てもらって、4時間のコーチングの研修を3回受けてもらいました。そんな形で1on1を地道にインストールしていった、というのが2015年頃です。

 当時は、「いいことをやったな」という充実感でいっぱいだったんですが、実は全然うまくいかない。当たり前ですよね。それまで上意下達で、リーダーがメンバーの話を聴くカルチャーのない会社が、コーチング研修だけで1on1がうまく回るはずがない。今なら、それがわかるんですけどね。

「もうこれ、やめませんか」

――具体的に現場から不満の声あったのでしょうか?

中谷:いえ、具体的な不満というよりも「1on1を誰もやらない」ということです。毎月、人事グループからExcelのシートで1on1のスケジュール表を発信してもらいました。ところが誰も記入しない。遂には当時から人事グループで一緒に取り組みを進めていた鈴木さんに、「もうこれ、やめませんか」って言われてしまいました。

鈴木規子人事グループ係長(以下、鈴木):表を配り続けても反応がなく、だんだん虚しさを感じるようになりました。このままではいけない、別の方法を考える必要があるのではないかと思うようになりました。

中谷:当時始めた風土改革のプログラムは、「より良く会議」「より良くフォーラム」「1on1ミーティング」の3本柱でした。

「より良くフォーラム」は、「学習する組織」をベースとした取り組みです。約1年間、20人のリーダーが参加し、これまでの人生を振り返り、自分のリーダーシップの軸を探求して、今後に活かしていくという内容です。最後は全リーダーたちの前でポスターセッションするということを10年間続けています。