手を伸ばしてパドルに触れると、ひとつの歴史の節目を感じた。わたしの手がパラシュートコードの巻かれた柄を握る。その瞬間をもって、わたしは小隊の指揮を終えた。隊員たちの言葉で言うと、わたしは“大尉”から“ミスター”に昇進した。わたしの言葉で言えば、わたしの人生で最も意味のある時代が終わったのだ。

「いいニュースは人を殺せるってこと」
発言が問題に

 海兵隊を去ったあと、わたしの心はあてどなくさまよった。26歳にして、人生の最良の年月をすでに生きてしまったという怖れを抱いていた。

 もう二度と、海兵隊で感じた目的意識と帰属意識を持つことはできないかもしれない、と。それに、戦闘を経て精神が不安定になっているのも分かっていた。愛情深い家族や支えになってくれる友人がいて、いい教育を受けていても、戦争が生活のあらゆる部分に洪水のように押し寄せてきて、わたしひとりを未知の運命へ押し流していく。

 わたしが戦争でこんなことになるのなら、隊員たちはどうなんだ?わたしと違って家族もなく、わかろうとしてくれる友人もなく、海兵隊を辞めても先行きの目途が立たないやつらはどうなる?戦後に死ぬためだけに戦争を生き抜いたのではないかと心配になる。

 気力をかき集めて大学院(編集部注/筆者はのちに、ハーバード大学大学院でMBAとMPAを取得する)に願書を出したあと、入試担当者から電話がかかってきた。

「フィックさん、願書を拝見して、すばらしいと思いました。ただ、入試選考委員のひとりが、『ローリング・ストーン』誌でエヴァン・ライトがあなたの小隊について書いた話を読んでいましてね。あなたの発言として、こう書かれています。“今夜はあまり寝られないというのが悪いニュース。いいニュースは人を殺せるってことだ”」

 まるでわたしがその発言を否定するのを待つかのように、入試担当者が少し間を置く。わたしが黙っていると、相手は話をつづけた。

「わたしどもの職員の中に陸軍将校を退役した者がおりまして、たしかに殺すのが楽しいという人たちもいる、そういう人たちと付き合うのは大変だと、その職員から忠告を受けました。その発言について、説明していただけませんか?」