自分の代わりに他人を戦場に
向かわせるのが正義なのかい?
小説『ヤマ師』より引用(P64〜67)
太郎は賛成派に入った。入学前から内村に心酔し、非戦論はもちろんのこと著作の多くに親しんできた身である。まず反対派が口火を切った。
「このたびの勝利によって、ロシアが満州や朝鮮から撤兵し、日本は遼東半島の租借権や南満州の鉄道、樺太の南部を手に入れた。日本の勝利は日清戦争以上に世界中を驚かせ、日本の国際的地位を向上させ、アジア諸国にも希望を与えた。その点でもこの戦争には一定の正当性があった。内村先生の非戦論は現実的な選択肢にはなり得なかったと結論づけざるをえない」
賛成派の学生が勢いよく手を挙げる。
「勝ったからといってこの戦争が正しかったとは言えないだろう。得られた成果があるとしても、それが命を犠牲にする戦争によってもたらされたものであれば、その正当性は疑わしい。戦争は暴力と死を伴う不正義な行為であり、倫理的な観点から見れば、どのような状況であれ暴力によらない選択肢があるべきだ」
「それは理想論というものだ。ロシアの脅威を考えれば、日本が戦争を回避する余地はなかっただろう。平和を求めることは重要だが、戦争を避けた結果として国家が滅びれば、多くの国民の生活や安全が脅かされる。それでも非戦論を唱えるのは無責任だと僕は思う」
「その、戦争を『やむを得ない』とする論理こそが、暴力を正当化する最初の一歩じゃないか。戦争を避ける努力を十分に行わず、安易に国家のためだと戦争を選ぶことが、さらなる悲劇を生むんだ」
「戦争を避ける努力をするのは当然だよ。それが限界に達した場合どうするのかという話をしている。日本が譲歩し続けていたら、むしろロシアの侵略を許し、国家としての尊厳や独立を失っていただろう。現実の外交や安全保障には、理想だけでなく実際的な判断が必要だ」
「戦争を支持することは、国家の利益を正義として人命を犠牲にする行為を認めるようなものだ。国家の安全や利益を守るために戦争を容認すれば、結局は力こそ正義という論理に陥り、人間性を失う。それこそが本当に危険な考えだと言えないか」
太郎は賛成派に入った。入学前から内村に心酔し、非戦論はもちろんのこと著作の多くに親しんできた身である。まず反対派が口火を切った。
「このたびの勝利によって、ロシアが満州や朝鮮から撤兵し、日本は遼東半島の租借権や南満州の鉄道、樺太の南部を手に入れた。日本の勝利は日清戦争以上に世界中を驚かせ、日本の国際的地位を向上させ、アジア諸国にも希望を与えた。その点でもこの戦争には一定の正当性があった。内村先生の非戦論は現実的な選択肢にはなり得なかったと結論づけざるをえない」
賛成派の学生が勢いよく手を挙げる。
「勝ったからといってこの戦争が正しかったとは言えないだろう。得られた成果があるとしても、それが命を犠牲にする戦争によってもたらされたものであれば、その正当性は疑わしい。戦争は暴力と死を伴う不正義な行為であり、倫理的な観点から見れば、どのような状況であれ暴力によらない選択肢があるべきだ」
「それは理想論というものだ。ロシアの脅威を考えれば、日本が戦争を回避する余地はなかっただろう。平和を求めることは重要だが、戦争を避けた結果として国家が滅びれば、多くの国民の生活や安全が脅かされる。それでも非戦論を唱えるのは無責任だと僕は思う」
「その、戦争を『やむを得ない』とする論理こそが、暴力を正当化する最初の一歩じゃないか。戦争を避ける努力を十分に行わず、安易に国家のためだと戦争を選ぶことが、さらなる悲劇を生むんだ」
「戦争を避ける努力をするのは当然だよ。それが限界に達した場合どうするのかという話をしている。日本が譲歩し続けていたら、むしろロシアの侵略を許し、国家としての尊厳や独立を失っていただろう。現実の外交や安全保障には、理想だけでなく実際的な判断が必要だ」
「戦争を支持することは、国家の利益を正義として人命を犠牲にする行為を認めるようなものだ。国家の安全や利益を守るために戦争を容認すれば、結局は力こそ正義という論理に陥り、人間性を失う。それこそが本当に危険な考えだと言えないか」
戦場での無抵抗こそが最も尊い
しかし本当にそれができるか⋯
しばしの沈黙の後、口を開いたのは太郎でした。
「兵役は拒否すべきでないと、内村先生はおっしゃっています」
内村鑑三は、もし戦争が起こり、どうしても戦争に従事せざるを得ない状況になったときは、無抵抗を選ぶことが『キリスト教的な正しい行動』だと説きました。兵役に従うことになった場合でも、戦争自体の不正義に対する抗議の意味で、兵役を拒否するのではなく、戦争の最中に自らを無抵抗の立場に置き、暴力を行使しないことが最も尊い行為だ、というのです。
太郎が「自分にそれが実践できるかは自信はないけれど、堂々と世間に対して言ってのけた内村先生を尊敬している」と話すと、反対派の学生も考え込みました。討論ではあえて反対の立場をとりましたが、だれもが偉大な先輩である内村を敬い慕っている若者ばかりだったのです。
会の最後は、内村と同期生でもある舎長の宮部金吾が「山下くんの言ったように、内村の非戦論は、われわれが戦争の正当性と平和のあり方を考える上で重要な視点を提供してくれました。はっきりしているのは、戦争になりそうな状況を作らないことと、戦争を回避するための努力は最後の最後まで諦めないことですね。皆さんはここを卒業して、これからの日本を引っ張っていく立場になっていくだろうが、その努力だけは忘れないでほしい」と語って締めとなりました。