しかし、受け取った絵葉書を1枚1枚確認して、中にラクダの絵葉書が混ざっているのを見つけると、太郎は真っ赤になって怒りをあらわにした。
「石油の写真だと言っただろう! 俺たちは遊びに来ているんじゃないんだ!」
怒鳴り声はホテル中に響き渡り、秘書は恐れをなして平謝りするほかなかった。太郎の怒りは本物だった。それは、自分の計画がいかに綱渡りの状態にあるかを知っているがゆえの焦りと責任感の表れでもあった。
通訳として参加していた林昂は翌日の午後3時ごろ、太郎の部屋の前を通りかかった。一日の中で最も暑い時間帯である。ドアが少し開いており、中を覗くと、太郎が上半身裸で机に向かい、山のように積まれた絵葉書と格闘している姿が目に飛び込んできた。
「何かお手伝いしましょうか」
林が声を掛けながら部屋に入ると、太郎は分厚い住所録を片手に、汗をダラダラと流しながら絵葉書に宛名を書き込んでいる最中だった。机には書き終えた葉書が積み上がっている。
「おう、林くん、いいところに来た! すまんが、切手を貼るのを手伝ってくれ」
太郎は顔を上げると、ニコニコと笑顔を見せた。
林が葉書を1枚、手に取ってみると「交渉は順調です。必ずや、この写真のように、アラビアの石油を日本に向けて運び出す決意です」と直筆で書かれていた。
床の上には未完成の葉書がまだ何十枚も残っている。外は灼熱の暑さで、他のメンバーは部屋で昼寝をしている時間帯だというのに、もうすぐ70歳を迎える太郎が、誰よりも元気に、懸命に日本にいる支援者たちへ自分の情熱と誠意を届けようとしていたのだ。
そのひたむきな姿に胸を打たれた林は、太郎の隣に腰を下ろし、切手を貼る作業を手伝い始めた。手早く作業を進めようと、林は切手を1枚ずつ舌で舐めながら葉書に貼り付けていく。
「そんな原始的なやり方じゃ、舌が変になっちまうぞ」
太郎は笑いながら立ち上がり、洗面室からバスタオルを持ってくると、それを水で濡らし、部屋の床に広げた。そして、その上に切手をズラリと並べた。
「これが名付けて『山下式特許法』だよ」
太郎は楽しそうに、次々と切手を濡らしながら葉書に貼り付けていった。その姿を見て、林の胸にはこれまで感じたことのない感情が芽生えた。
林がこの交渉団に参加する前、太郎のことを「ヤマ師」だの「ペテン師」だのと揶揄(やゆ)する声を何度も耳にした。しかし、遥か彼方のサウジアラビアから、ほぼ毎日のように太郎の直筆で届く近況報告の葉書――しかもそれが、一枚一枚心を込めて書かれたものであることを知れば、誰だって応援したくなるに違いない。
上半身裸で汗だくになりながら、楽しそうに葉書に切手を貼り続ける太郎の飾らない姿を見て、林は彼の根底にある誠実さに気づいた気がした。そして、太郎の熱意と覚悟を支えるべく、自分も全力でこの大仕事に関わるべきだと静かに決意を固めたのだった。







