やれやれ、これで終わりかと思い、席を立とうとした刹那、急に映写幕が静かに上がった。広がっていたのは一面のガラス窓。その向こうにあらわれたのは――、まさにマクヘンリー砦だった。そしてその砦には、星条旗が翩翻とひらめいているではないか!
そこにタイミングよく歌詞が重なった。
「おお、告げよ、星条旗はいまもひるがえっているか、自由人の国、勇者のふるさとに」。斜め前の女性がやにわに立ち上がり、胸に手を当てた。
星条旗は数多の戦争を勝ち抜いて、いまもなお生きている。その物語が胸に迫り、自然と感動が湧き上がってきた。じつに見事な演出だった。
キーと同じ体験ができるよう
緻密に計算された演出に脱帽
これまで世界中の国威発揚スポットを訪ね歩いてきたが、ここは群を抜いていた。さすがはエンターテインメントの国、ショービジネスの国だった。歴史をしっかりと教えたうえで、キーと同じ感動を体験させる。
このたくみな設計に脱帽せざるをえなかった。その余韻も冷めやらぬまま、マクヘンリー砦へと向かった。
この砦は、ヴェーヴェルスブルク城とは異なり、五角形の星型要塞で、北海道の五稜郭を思い浮かべるとわかりやすい。
堂々たる城がそびえているわけではなく、砦自体からはそれほど強い印象は受けなかった。もし砦だけを見ていたなら、さきほどのような深い感動は得られなかっただろう。
米国の歴史的な施設はじつによくできている。国民的な物語がしっかり共有されているからだろう。これはたんに予算の問題ではなく、日本では到底真似できないものだと何度も感心せざるをえなかった。
じつは米英戦争下のマクヘンリー砦には、大小ふたつの星条旗があった。英軍の攻撃中には激しい雨が降っていたため、小さな旗(暴風旗)が掲げられていたが、その後、夜明けとともに大きな旗(守備旗)に取り替えられた。つまり、ずっと同じ星条旗がひるがえっていたわけではなく、キーが見て感動したのは後者だった。
このふたつの星条旗は、砦の司令官ジョージ・アーミステッドの依頼により、ボルチモアの旗製造業者メアリー・ピッカースギルのもとで縫い上げられたものだった。