そしてその作業の一部が行われた彼女の自宅跡もまた“愛国の聖地”として公開されている。その名はずばり「星条旗の家」。
ボルチモアの港近くに立つ、レンガ造りの質素な3階建てだ。奥にはミュージアムが併設されており、壁一面に巨大な星条旗がデザインされている。これは、砦に掲げられていた守備旗と同じサイズとデザインだという。
近づくとその大きさに圧倒された。米国人の星条旗への愛着を、あらためて実感させられた。
当時描かれなかったアフリカ系の
少女の存在に光が当てられた
このミュージアムでもっとも印象深かったのは、1枚の油絵とその解説だった。
ピッカースギルが娘や姪などの手伝いを受けながら巨大な星条旗を縫い上げる様子を、アーミステッドなどの米軍将校たちが見守っている。
この旗はあまりに大きかったため、最後の作業は近くの醸造所の床で行われた。本作はマッギル・マッコールという画家が1962年にその様子を描いたものだった。
一見なんのことはない愛国絵画だが、解説に目を引かれた。本作には史実と違う点があり、ある人物が欠けていると指摘されていたのだ。
その人物とは、アフリカ系米国人の少女グレース・ウィッシャー。彼女は、ピッカースギルのもとで年季奉公しており、この作業も手伝ったはずだというのである。
画家が差別主義的だったわけではない。「星条旗の家」の学芸員に訊ねたところ、彼女の存在が明らかになったのは最近のことだという。それをすぐ展示に反映するところがいかにも米国らしい。

かつてアフリカ系のひとびとは「かれら」だった。だが、いまやそのひとびとは「われわれ」に統合されているというわけである。
こうして縫い上げられた旗は、マクヘンリー砦に納入された。キーを感動させた大きな旗は、米英戦争後にアーミステッド司令官の所有となり、その後、かれの遺族の手を経て、1912年にアメリカ国立歴史博物館に寄贈された。これが冒頭で紹介した、米国の国宝である。
もちろん同館の特別展示でも、グレース・ウィッシャーのことはしっかり明記されている。