哀しい背中の持ち主
登美子と鉄子

 のぶは、嵩と話したことを伝える。

「あの日母さん泣いてたんじゃないかな」と。

 かつて嵩を捨てて御免与町を去っていったとき、登美子が泣いていたのではないか。だから一度も振り返らなかったのではないかと嵩は想像する。

 白いパラソルをくるくる回して去っていく「背中」に母の悲しみと「元気出して生きていきなさい」というメッセージを嵩は見出していた。

 あの日だけでなく、いつも背中が泣いていたと想う嵩は詩人だ。

 嵩が母を美化しているのに対して、母は、清の代わりに嵩が自分を幸せにしてくれるんじゃないかと思っているのだとのぶに言う。登美子は常に、自分を幸せにしてくれる人を探す受け身の人生を送っている。

 嵩の思い込みと登美子の現実のややずれた感覚も哀しい。だが、嵩と登美子にも似ているところがある。嵩が最近、仕事がすごく増えて大忙しだと報告するが、たぶん見栄を張っているのだろうと見抜く。実際そうなのだ。

 自分に似て見栄っ張りなのだと登美子は言う。そう、登美子は見栄っ張りで意地っ張り。それなりに反省することがあっても謝れないし、心配していてもやさしいことが言えない。清の代わりに嵩が自分を幸せにしてくれるんじゃないかというのも意地っ張りが成せる技かもしれない。

 そこで、鉄子だ。たぶん、鉄子もそうなのだ。彼女は社会を変えるという大志をもっていたけれど、男社会のなかで生き残ることにいっぱいいっぱいになっている。本当は、困った子どもや女性を救いたい。

 だから、ガード下の雑貨店をいまだにうろうろしている。そこは、きれいなランプが灯っていて、失った清らかな心のようだ。自分はそこにはもう戻れないが、のぶの清らかな思いを自分のもとで消してはいけない。そう思って、鉄子はすがるのぶの思いを振り切ってクビを言い渡したのであろう。

 彼女もまた「元気出して生きていきなさい」と心の中でのぶに語りかけているに違いない。なんとも切ない。

 登美子も、何か自分を奮い立たせる目標を見い出せればいいのだろうけれど、それができない弱い人なのだ。そういえば、夫の名は「清」。彼女は清らかなものを失ってしまったのだ。誰だってほんとうは清らかでいたいけれど、清濁合わせ飲まないと生きられないのがこの世界。その哀しみが背中に滲む登美子と鉄子。

 のぶの背中はどうだろう。

登美子(松嶋菜々子)と鉄子(戸田恵子)…意地っ張りで哀しい背中を持つ2人のすれ違う優しさ【あんぱん第97回レビュー】

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