「ビジネスがなんか息苦しい理由を言語化してくれた本」
そんな読者の声が多数集まるのが、NewsPicksパブリッシング創刊編集長・渾身の初著書
『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考だ。
本書から、「日本の国語教育における特徴」を明かす一節を紹介する。(構成/ダイヤモンド社・今野良介)

【国語が苦手になる原因】「感想文」を通して日本社会があなたに求めていたものとは?Photo: Adobe Stock

「共感」が求められる

社会学者・渡邉雅子が書いた『「論理的思考」の文化的基盤』という本がある。

日本やアメリカやフランスなど、国ごとの思考表現スタイルという「目に見えない文化」を、国語や歴史の教育システムという「目に見える文化」から抽出し、鮮やかに分析する本だ。

本書によると、国語の「感想文」にはいくつかの特徴がある。

まず、教師からの「感想文を書きなさい」という、目的が不明確で曖昧な指示により書かされること。

ここで一般的に期待されているのは、共感、驚き、感動などの感情を表現し、自分がその体験によりどう変化したかを描き、その内容がきちんと読み手に伝わることだ。

そしてもう1つ特徴的なのが、感想文を互いに読み合うこと

“個々の感想文に対する感想を言い合い、さらに考えを深めさせる手続きを踏むことが国語教科書や作文指導書で勧められている。そこで教師は「はじめに書いた感想と変わったか」「なぜ変わったか」という問いかけをして、ひとりで読んだ時と友だちの感想を聞いた後で感想が「変化すること」の期待を表明する
(渡邉雅子『「論理的思考」の文化的基盤』P199より)

感想文の読み合いで行われていることは、自主的な共感のすり合わせとでも呼べるものだ。

そして渡邉はこうも書いている。

“個人の感じたことを社会的に期待される「感じたこと、思ったこと」へとすり合わせていく橋渡しが行われ、しかもこの過程は自分で選び取ったものと児童は理解する
(渡邉雅子『「論理的思考」の文化的基盤』P199より。下線強調は筆者)

「感じたことを書きなさい」、と先生は言うけれど、本当に常識から逸脱した感想を書いてしまうと、「読み聞かせ」によってやんわりと正されていくのだろう。

小学校の感想文は、その後中学校では意見文、高校では論説文、大学入試では小論文などと名前を変えていくが、どれも「自分とは異なる立場から自分の考えを見直す」内省的な視点を文章に組み込むことが求められ、逆に自分の意見を押し通すことはよくないこととされる

感想文からはじまる「自分の意見を押し通さない」「異なる立場から考える」思考表現スタイル。日本の教育は、「道徳心を、他者との共感を通じて養う」ことを重視している。

そしてこの社会性は、「試験」と「評価」を通じて個人へと刷り込まれていく。試験で何を問うかは、「この社会があなたに何を求めるのか」そのものだ

では、いったい日本という社会が求めるものは何だろう?

日本の大学に進学する多くの高校生が受ける大学入学共通テスト(かつての「センター試験」)は、問いのうち22%もの分量が「心情」を読み解く問題に当てられる。

複数の国の国語教育を比べたうえで、渡邉は、この心情中心の試験形式を「日本の国語試験の最も大きな特徴」とまで書いた。

日本社会があなたに求めるもの。それは、小学校から大学入試にわたるまで、一貫して「他者の心情の読み解き」と「共感」なのだ。

(※本記事は、書籍『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』の内容の一部を編集して掲載したものです)

【国語が苦手になる原因】「感想文」を通して日本社会があなたに求めていたものとは?
井上慎平(いのうえ・しんぺい)
1988年大阪生まれ。京都大学総合人間学部卒業。ディスカヴァー・トゥエンティワン、ダイヤモンド社を経て2019年、ソーシャル経済メディアNewsPicksにて書籍レーベル「NewsPicksパブリッシング」を立ち上げ創刊編集長を務めた。代表的な担当書に中室牧子『学力の経済学』、マシュー・サイド『失敗の科学』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)、北野唯我『転職の思考法』(ダイヤモンド社)、安宅和人『シン・ニホン』(NewsPicksパブリッシング)などがある。2025年、株式会社問い読を共同創業。