「この人となら面白い仕事が…」
縁から生まれた『定年後』
朝日新聞の夕刊に、「編集者(が/を)つくった本」という連載がありました。タイトルの通り、編集者が自ら手がけた本や影響を受けた本について綴ったコラムです。
2019年7月10日のこの連載に、私の担当編集者である中央公論新社の並木光晴さんが寄稿していました。タイトルは、「著者の『いい顔』に直感」です。
以下、一部を引用します。
「楠木さんの“いい顔”なしに、『定年後』という本はあり得なかった。まだ面識がなかった頃、ある新聞記事に載った楠木さんの笑顔の写真を一目見て、ああこの人となら面白い仕事ができそうだと思ったのだ。編集者としての直感としか言いようがない。それは幸い的中し、まず『左遷論』、そして『定年後』でタッグを組むことになる。」
当時、私は現役会社員としての経験を生かして、『会社が嫌いになったら読む本』や『人事部は見ている。』(共に、日経プレミアシリーズ)などの書籍を著していました。並木さんはそれらの著書をチェックしてくれたのでしょう。「左遷について中公新書で書けますか?」とオファーを受けました。
正直、「左遷」をテーマにして一冊の本を書くというのは難しいと感じました。なにしろ多くの人が口にする言葉ですが、概念も茫洋としていて、とても1冊の本にできる自信はありませんでした。信頼している先輩に相談すると、「それは無理じゃないか」と言われました。
しかし一方で、中公新書といえば学生時代からの憧れのレーベル。尊敬する梅棹忠夫さんも書いているのだ。こんなチャンスは二度とないとも思いました。ダメ元でやってみようと、「左遷」に関する書籍や論文だけでなく、定期異動後の社員たちの実際の発言なども収集しました。そして何とか2016年に『左遷論』(中公新書)を刊行しました。どうにか重版になってくれて肩の荷を下ろしました。
その後、私は、別の出版社の編集者に「定年後」に関する書籍の企画案を提出していました。編集者は前向きだったのですが、社内の企画会議を通すことができませんでした。2カ月、3カ月、延び延びになっていました。私は一旦キリをつけた方が良いと考えて、編集者と話してご破算にすることにしました。
その打ち合わせを終えた足で、並木さんのところに行って企画案を見てもらいました。すると翌週には中公新書編集部からOKが出ました。翌年に刊行された『定年後-50歳からの生き方、終わり方』は25万部を超えるヒットになりました。
以前の出版社では少しコミカルな面が中心でしたが、中公新書ではシリアスな内容も付け加えることになったのが多くの人の手に取ってもらった理由かもしれません。
いずれにしてもこの幸運と縁を繋いでくれたのが「顔」なのです。その後も並木さんにお世話になって、中公新書から計5冊の本を上梓することができました。