
「生き方や感情は顔つきに現れる」という楠木新さん。著述家として多くの人を取材し、さまざまな「顔」に接してきた経験から、いつしか「顔の研究」がライフワークになったと言います。『豊かな人生を送る「いい顔」の作り方』第13回は、AI時代の顔認証技術が向かう先と、そのリスクについて考察していきます。
在りし日のヒトラーに
AIがアプローチ
先日、NHKテレビで興味深い番組『映像の世紀×AI ヒトラーの隠された素顔に迫る』を観ました。自らを神格化する目的から、プライベートな姿をほとんど記録に残していないナチス・ドイツ総統ヒトラーについて、限られた映像資料から知られざる一面を炙り出そうという取り組みです。
ご存じのように、ヒトラーは愛人のエヴァ・ブラウンとともに自殺を遂げ、その生涯を終えていますが、その前に写真などの私的な記録はすべて廃棄したと言われています。
しかし、エヴァ・ブラウンが個人的に撮影したという4時間に及ぶ16ミリフィルムが発見されており、そこにはヒトラーの私的な交流の数々が記録されていました。これが番組のベースになっています。
番組ではAIによる顔認証技術を用いて、映像の中に登場する人物を次々に解析。誰がいつ、どの場面で登場した人物であるかを特定し、ヒトラーとの関係性を分析します。また、音声のない当時の映像から、読唇術を使って会話を読み解く試みもされました。
それにより、日常的に寄り添う主治医や子飼いの兵士など、ヒトラーのリアルな人間関係が少しずつ浮き彫りになっていくばかりか、彼が気分を高揚させるための薬を頻繁に求めていたこと、意外と丁寧な口調で話す人物であったことなどが次々に判明します。
一連のその様子に、大いに好奇心をかき立てられた私ですが、一方では番組が終盤に近づくに連れ、「なんとも恐ろしい時代が来たものだ」と身震いする思いがありました。映像ひとつから、すでにこの世を去って久しい人間について、これほど深く真相に迫れるものなのかと衝撃を受けたからです。