入室すると、車椅子に座ったままおそらく何時間もその姿勢であったろうX先生がいた。パジャマから普段着に着替えてはいたが、高級有料老人ホームであっても、自分で動けない人は、食事の時間以外はそのまま放っておかれるのだろう。

 目はうつろで覇気がない。長年一緒に働いていた私が誰だか認識することもなく、小さな声で受け答えをする様子をみて、「レビー小体型認知症ではないか」と思った。レビー小体型認知症は、アルツハイマー型認知症とは別のタイプの認知症だ。

 レビー小体と呼ばれるたんぱく質のかたまりが脳にたまって、運動能力や知覚を司る頭頂葉や、視力や視野を司る後頭葉が萎縮し、そこにあるはずのないものが見える「幻視」、動作が遅くなったり前かがみで小刻みに歩いたりする「パーキンソン症状(パーキンソニズム)」などの特徴がある。

認知症を認めぬ姿勢が
誤診を連発させた

 そういえば、何年か前に会ったときに転びやすかったり、歩幅が小さくなったりしていた。今考えたら、レビー小体型認知症特有のパーキンソン症状の始まりだったのだ。本人と話していても、声も小さく要領を得ない。いたたまれなくなって、早々にお暇することにした。

 後日、家族に問い合わせると、X先生の後輩の医師が「正常圧水頭症」と診断し治療をしたけれどよくならなかったと聞いた。

 正常圧水頭症は、脳脊髄液が排出されずに脳室内にたまって脳を圧迫し、歩幅が狭くなる、物忘れをする、尿失禁をするなどの症状が出る病気だ。

 脊髄(せきずい)液を頭以外のところへ流す脳室腹腔(ふくくう)(VP)シャント術という手術で改善することが多いため、「手術で治る認知症」と呼ばれることもある。

 しかし、X先生の場合はシャント術をしても改善しなかった。つまり、正常圧水頭症ではなかったのだ。

 彼の弟子でもあった周囲の医師らは、“脳神経外科の権威”が認知症になったことを認めたくなかったのだろうか。

 脳神経外科の重鎮たちがみんなでよってたかって誤診し、別の病名をつけていじくり回した結果がこれかと思うと悲しくなった。