X先生は、かつての活躍ぶりを知る人もいない高級老人ホームの個室にただ座って、毎日死を待っているようなものだった。

 しばらくして、X先生の訃報が届いた。世界的な権威であった医師でも、いくら豪華な有料老人ホームに入ったとしても、不幸な老後を送ることが少なくないのが現実なのだ。

医師と介護士の不足で
ケア現場の崩壊が迫る

 問題は、認知症の専門医は不足しているのに、認知症の高齢者はどんどん増えていくことだ。さらに、もう1つ、認知症の正しい診断と、周囲の人を振り回す精神心理症状と行動障害を改善するケアができる人が限られていることも大きな課題といえる。

 まだそれほど医師不足が進んでいない現在でもこの状況だから、病気になるリスクが高まる後期高齢者がさらに増加する2030年以降は、誤診が増え、高級老人ホームでも介護士不足が起こってもっと悲惨な状況になるだろう。

 何しろ、X先生の例だけではなく、誤診は日常的に起きている。

 長崎県在住だった77歳の女性は、55歳で胆石の手術を受けた頃から強い不安感や睡眠障害に悩まされるようになり、心療内科でうつ病と診断された。

 71歳のときに長男と同居するために、神奈川県へ転居した。そのときには、向精神薬、抗不安薬、抗うつ薬とパーキンソン病の薬を服用していた。

 不調を訴え始めてから20年経った75歳のときには、物忘れがひどくなって、テレビのリモコンの使い方も分からなくなった。近くのクリニックで頭部MRI検査を受け、今度は「アルツハイマー型認知症」と診断され、抗認知症薬の貼り薬も使うようになった。

 しかし、頭痛、腹痛、食欲低下がひどく、大学病院を受診し脳CT検査、胃内視鏡検査も受けたが、「異常なし」とされた。

 その後、抗認知症薬を変更したが、食欲不振が続いたうえ、「死んだ兄弟が会いに来た。ほら、そこに座っているでしょ」などというようになった。

 当院の外来に来たときには、脱水症状と急激な体重減少、薬の過剰摂取のせいで意識がもうろうとしていた。