ドイツでは本人にしか
「余命宣告」をしない

 アコーディオン奏者にしてカメラマンのホルガーさんは、両親の死を振り返って、こんな話をしてくれました。10年以上前、まだ元気だったホルガーさんの父親が昔の写真を探していた時のことです。「あの写真が貼ってあるアルバムはどこ?」と聞くと、ホルガーさんの母親は吐き捨てるように答えました。「そんなものは捨てたわよ」と。

 その後、父親は家の一角で細かく切り刻まれた大量の紙くずを発見します。母親は何日間にもわたって、思い出の写真をハサミでズタズタに切り刻んでいたのでした。たとえばホルガーさんが子どもの頃にサッカーをしている写真、運よくアメリカのブッシュ元大統領と一緒に撮った写真……。今のようにデジタル化されていないので、家族の思い出の記録が全部捨てられてしまったのです。

 ホルガーさんも父親も、母親のアグレッシブな行為を腹立たしく思ったものの、本気で怒ることも励ますこともできませんでした。母親は乳癌、肺癌、膵臓癌に冒されており、モルヒネパッチなどを使用しても痛みが和らぐことはありませんでした。

「末期癌が発覚してからの期間は、母には肉体的にも精神的にも過酷だったと思う」

 医師に告知されても、母親はしばらく夫にも息子にも癌を打ち明けていませんでした。

 ドイツの法律では医師の守秘義務は厳しく、「患者のプライバシー尊重の観点から、医師が家族などに無断で病状を話すこと」は禁じられています。しかし「例外」もあるのか、あるドイツ人女性は「私の母は末期癌で亡くなったけど、家族と医師で話し合って本人には余命数カ月とは言わなかった」と言い、こう話してくれました。

「今思えば、当事者の母親だけが余命を知らないのは良くなかったかもしれない。みんなで『口を滑らせないように気を張っている状態』は本当に不自然だったわ。実は母もわかっていて、気を遣っていたとも思うし。そもそも自分だったら、自分の余命はやっぱり把握していたいと強く思う。だからそうしてもらえるように家族に話してるの」