固い瓶の蓋、最初に描いたのは向田邦子

「そんなこと言わないでくれ」中年の恋に話題沸騰!妻夫木聡が瓶をうまく開けられない描写の深いワケ【あんぱん第112回】

 新居のマンションでのぶ(今田美桜)は、羽多子(江口のりこ)とメイコ(原菜乃華)の3人でパン作りをしていた。嵩が天火(オーブン)を買ってくれたのだ。

 嵩は世界旅行に誘われなかったことを、メイコがおしゃべりしていると、嵩が帰って来て、「僕は軽く見られているんだよ」とぶつくさ言う。

 のぶは怒りをパンにぶつける。力任せに生地をはたきつける。それを廊下で気まずそうに聞いている嵩。

 やなせたかしに関する書籍は自著、他著ともにたくさんあるが、どれを読んでも漫画、漫画とこだわっている。ほかの仕事ではたいてい成功しているのに、漫画だけ大成しないことが悔しかったのだろうか。

 やなせたかしが大成功したのは、幼少期は親に捨てられ、大人になると、漫画家集団からはぶられるなど常に孤独な思いをしていて、それをバネにしたとしか思えない。マイナスをプラスに変えるたくましさのある人だったのかなと。

 その頃、蘭子は、引っ越しの準備中。明日、のぶのマンションの下に引っ越すことになっていた。
 
 そこへ八木が訪ねてくる。最近、蘭子が来なくなったので気にしているのだ。

 珍しく長屋の住人が出てきて(遊んでる子供たちは出てきたけど、近隣に生活臭がまったくなかった)、布団を干している(パンをパンパン叩く音と布団をパンパン叩く音が呼応するかのよう)。

 人目を気にして蘭子は、八木を部屋に上げる。蘭子と八木のこのシークエンスは珍しく、ふたりの行動の根拠が理屈で設計されている。

 引っ越し準備中で部屋は散乱していて、お茶も出せない。狭い部屋で膝がつきそうなほど接近して座る蘭子と八木。

 何か手伝うことはないかと八木は聞きながら部屋を見回し、ふと、半纏が飾ってあることに気づく。豪(細田佳央太)の痕跡のある前で、ふたりは沈黙する。

 蘭子は、固くて開かない瓶詰めを段ボールから取り出し、八木に開けてもらう。

 固い瓶の蓋は自分の力では開けられない。それが男性によって容易に開けられる。そのとき男手の必要性を痛感してしまうもの。

 かつてそれをドラマに書いたのは、向田邦子だった。四姉妹の物語『阿修羅のごとく』で夫に先立たれた長女が不倫している男性に瓶の蓋を開けてもらう。男性と女性のどうにもならない力の違いに男性と離れがたい女性のやるせなさがにじむ。たぶん、この場面はそのオマージュだろう。

 向田邦子もこのドラマの時代に活躍していた。やなせたかしとも交流があり、やなせは彼女の随筆に挿絵を描いたこともある。向田邦子をモデルにした人物を出せない分、蘭子に向田要素を付与したように感じる。